『エスケープ・ジャーニー』に収録。二度目のヒートが来た宍戸さんが巣作りして長太郎を待つ話。
東京に戻り生活が落ち着いたころ、なんの兆しもなく二度目のヒートが訪れた。
ヒートの周期がまだ安定していない宍戸は発情の予測が立てられない。
そのためヒートだと気付くのにしばらくの時間を要した。
ヒートの初期症状は風邪に似ていて、一度しかヒートを経験したことのない宍戸はただの疲れだと思い軽んじてしまった。
発熱、発汗、そして焦燥感と空虚感。
ヒートだと気付いたときにはすでに体の自由がきかなくなっていた。
休日だったため家にいたことは運が良かったが、不幸なことに鳳は日用品を買いに出かけていて留守にしている。
熱で朦朧とすればするほど体の奥が乾いてしかたがなく、座っていても立っていても落ち着かない。
一人きりでいることが心許なくて、ソファーに身を沈めた宍戸は大きめのクッションを抱きしめた。
腕の中にものがあると不思議と落ち着いた。あわよくばそのままヒートが収まらないかと思いもしたが、それも長くは続かなかった。
「んー……はぁ、……長太郎」
呼んでも鳳の返事はないし、クッションは宍戸を抱きしめ返してはくれない。
宍戸はクッションをフローリングに放り捨てて立ち上がった。
鳳は帰ってきていないとわかっているのに、無意識に彼を探して部屋の中をうろうろと彷徨ってしまう。
どこにも居やしないのに、足が勝手に鳳の居所を求めた。
宍戸の焦燥は増すばかりだ。
覚束ない足取りでキッチンをのぞきこみ、バスルームの扉を開け放ち、念のためトイレも確認して、寝室にたどり着く。
ああ、熱い。
宍戸は着ているカットソーの首回りから、少しでも冷たい空気を取り込もうとパタパタと扇いだ。
そのまま倒れ込むようにして気怠い体をベッドに横たえる。
冷たいシーツが火照った肌に心地よいが、枕に突っ伏して鼻腔をかすめた鳳の香りが宍戸を一層物寂しくさせた。
宍戸はヒートのきっかけとなったあの夜の鳳の香りを思い出していた。
あの時の香りはこんなものじゃなかった。
見渡す限り一面の花畑に囲まれて、呼吸するたびに香りがまとわりついてくるような感覚。
今まで嗅いだことのあるどんな香りよりも高貴で、なのに初めから知っていたかのように懐かしくて、それでいてずっと追い求めていたと錯覚してしまうほど価値の高いものであるように感じた。
そういえば、と宍戸は主治医との会話を思い起こした。
この街に戻り主治医に鳳と番になったことを報告した日、宍戸はΩの習性について新たな説明を受けた。
それまでヒートが起こったあとのΩについて一般的な知識しか持ち合わせていなかった宍戸は、番になったαとΩの生活に起こる特殊な行為についてよく知らずにいた。
普通のカップル間では行われないその行為は、俗に「巣作り」と呼ばれる。
もっぱらΩに見られるのが特徴で、αが行うことは滅多にない。
番を持つΩはαの衣類を集めて、巣のようなものを作るのだ。
子どもを産み育てるという生殖に特化したΩの本能の名残とも言われるが、今のところはっきりとした理由は解明されていない。
ある説ではヒート期間のΩは一種のトランス状態にあるとされ、外界との接触を拒み身の回りをαの所有物で囲うことで自身の精神世界を確立しようとしている、なんてことも唱えられているが果たしてそれが正しいかどうかは眉唾物である。
宍戸は巣作りの存在を知ったとき、動物らしい行為だと感じた。
番との愛の巣を一人でせっせと作るだなんて、健気でそれでいて実用的ではないか。
巣で子どもを産んで育てるのは生物として当たり前のことだ。
しかし同時に、すでに家の中で暮らしている人間が巣を作るなんて一体どういう理屈なのかと懐疑的でもあった。
とうの大昔に生物としての本能を削げ落としてしまった人間という生き物に、そんな健気さがあるように思えなかったのだ。
抱きしめた枕はクッションよりもだいぶ小さかったが、鳳の香りが残っている分宍戸を落ち着かせた。
それでも体は熱いままで呼吸はどんどん浅くなる。
「長太郎」
鳳の帰りを待ちわびても、一向に玄関のドアが開く気配はない。
宍戸は再び深く息を吸い込んだ。
鳳の香りを感じられる一瞬は、心が安らぐ。
「そうか」
だからΩはαの衣服で巣を作るのか。
αが不在のとき、Ωは残り香からαの存在を強く感じる。
その最たるものが寝具であり、衣類だった。
バース性はとかく嗅覚での刺激に生殖機能の活性化を左右される傾向がある。
そして、結合したいという欲求が満たされないときΩは不安を感じる。
ヒート期間のΩがαの香りをそばに置きたがることは安全毛布のようなものなのではないか。
香りだけでもαの存在を近くに感じることは、Ωにとって必要不可欠な精神安定剤になり得るのだ。
鳳の匂いが染み込んだ服に囲まれたら、ものすごく心地よさそうな気がしてきた。
小さな巣の中で胸いっぱいに息を吸い込んだら、きっと鳳に抱きしめられているような気分になれる。
なんて魅力的なんだろう。
熱のせいで宍戸は理性的な思考を失いつつあった。
ヒートを起こしている体は鳳だけを求めている。
のろのろとベッドから起き上がった宍戸は、据わった瞳で一直線にクローゼットに向かった。
開け放つと、向かって右半分は鳳のスペースになっている。
ハンガーに掛けられている自分の衣服を左側にぎゅうぎゅうと押しやって、右半分にきちんと整理されている鳳のシャツや上着を、両腕を目いっぱい広げて抱き抱えてみた。
そこに顔をうずめて、すぅーっと息を吸い込む。
洗剤の香りに混じって、鳳の残り香が肺を満たす。
もう一度深く息を吸い込んだ。
ああ、これはいい。
鳳の不在でぽっかり空いていた心が少し満たされ、焦燥が和らいだ気がした。
けれどまだ足りない。
もっと欲しい。
手に持っている衣服をベッドの上に放り投げた宍戸は、続いて鳳の引き出しを開けた。
入っているのは段ごとに、Tシャツやら下着やら、より肌に近い衣類だ。
当然、シャツや上着よりも鳳の匂いが濃く染み着いている。
宍戸は一段ずつ引き出しごと引っこ抜き、ベッドの上に中身をひっくり返していった。
衣服がうずたかく積まれていく。その山めがけて思いっきりダイブした。
呼吸するだけで鳳を近く感じられ、ぎゅっと抱きしめると鳳を抱きしめているようで心地いい。
クッションや枕を抱きしめているのとは大違いだ。
しかし、抱きしめ返してくれないのはどれも同じ。
鳳はいつも宍戸を覆うように抱きしめるのに、ほっとする温かさも腕にかき抱かれる圧迫感も、大量の布たちは与えてくれない。
不満を感じた宍戸は服の山を掘り返して頭を突っ込んでみることにした。
せめて頭だけでも包まれている感覚を味わいたくなったのだ。
するとどうだろう。
暗闇の中で濃くなった鳳の匂いにひどく安心して、感じていた空虚がどんどん薄らいでいくのがわかる。
しばらくそうして香りを吸い込んでいると、今度は頭だけではなく全身を包まれたくなってきた。
番になってからは触れ合う感覚がより鮮明になった。
そのせいか抱きしめ合うと不思議としっくりきて、まるではじめから一つのものだったかのように思えるのだ。
「ちょうたろぉ」
今すぐに鳳という半身を手に入れたかった。
一つになって、体の奥でカラカラに乾いた欲情にたっぷりと注いで満たしてほしい。
宍戸は衣類から這い出て、布の山を前に腕を組んだ。
なるほど、巣を作りたくなるわけだ。
番の衣服を使って小さな隠れ家をこさえ、その中にすっぽりとおさまりたい。
巣は宍戸にとって鳳の腕の中と同じなのだから。
Ωの習性を知識ではなく体験で理解しつつある宍戸は、崩れた衣服の山からシャツを一枚引き抜き目の前に広げてみた。
麻の素材が薄水色に染色された半袖のシャツは、島に渡る前に鳳が購入したものだ。
風通しがよく、鳳はこのシャツに白いパンツをロールアップさせて着こなすことを好んだ。
その肌触りが良好であることは、何度かこのシャツを着た鳳に抱きしめられたことがあるので知っていた。
ふと、あの島の空を思い出した。
抱きしめた鳳の肩越しに見上げた青い空と白い雲。
潮の香りと花の香り。
蝉の声と背を抱く手のひらの熱さ。
なにもかもが昨日のことのように鮮明に思い出せる。
宍戸はもう一枚、ロゴもなにもない真っ白なTシャツを手に取った。
薄い生地のこれは、インナーシャツとしてワイシャツの下に着られていたと記憶している。
よくよく衣類の山を観察すると白い布地と青い布地が多い気がした。
試しにそれらを引っ張り抜いては枕元に放る。
すると残った山より枕元の山の方が大きくなって、宍戸はあることを思いついた。
どんな巣を作るのかアイディアが浮かんだのだ。
「よし」
秘密基地を作るようでわくわくしてきた。
ヒートの期間は子ども返りしたように欲求に対するハードルが低くなるのかもしれない。
ベッドを見下ろして算段を立ててみたら、宍戸が頭の中に描いた巣の設計図通りに作るには衣服が全然足りない。
再びクローゼットに向かった宍戸は、また一つ引き出しをひっくり返した。
ベッドの足元の方にボトムスの山が出来上がる。
それでもまだまだ足りない。
なにせ成人男性一人が収まるほどの巣を作らなければならないのだ。
宍戸は熱と高揚でふわふわした足取りで別の部屋に向かった。
物置になっているその部屋で、冬服を収納している衣装ケースを探し出す。
いくつか開けてみて鳳の衣類を見つけると、両手いっぱいに抱えて寝室に戻った。
こちらは長い間仕舞い込んでいて鳳の匂いが薄まってしまっているから巣の外側に使おう。
何度か部屋を往復してありったけの衣服を集めると、ベッドの端に山がいくつも作られた。
ベッドに乗り上げた宍戸は真ん中の空間に腰を落として周りを囲む服の山をぐるりと見渡した。
ここからが本格的な巣作りだ。
山々から色合いと素材をひとつひとつ確かめながら衣服を引き抜いた宍戸は、それらを自分の周りに丁寧に配置し始めた。
居心地のいい巣を作るために妥協は許されない。
火照った体は浮遊した心地で、身の回りを覆う鳳の匂いが宍戸をゆりかごの中にいるような気分にさせた。
ここは頭が来る部分、こっちは足、と巣のどこに寝転ぶかイメージしながら衣服を積み上げていく。
繭玉のような楕円の巣は徐々に壁を高くしていった。
鳳に触れられないストレスで家中をうろついてしまうほど急いていた心はいつの間にか穏やかに凪ぎ、すべての衣服を積み上げ終えるまでそう時間はかからなかった。
出来上がった巣は宍戸だけのための特別なものだ。
満足感に自然と頬が緩む。
高揚する気持ちを抑えつつ満を持して巣の中に体を横たえると、信じられないほどの安らぎを得られた。
もうこれで大丈夫。
怖いものは何もない。
狭い巣の中で鳳の香りに包まれるのは想像以上に心地良く、巣にいるうちは全ての危害から守られ、純粋に番の存在だけを感じていられる。
心の底からそう信じられた。
息を吸い込むたびに鳳の香りが肺を満たす。
香りはいつしか全身を巡り、麻酔のように意識を溶かし始めた。
宍戸は、鳳と繋がっているときの感覚に似ていると感じていた。
嵐のごとく渦巻く快感の中で、灯火のような仄かな光に包まれる。
混濁した意識にあって掴もうと伸ばした手は鳳に強く握られ、そして浮上し澄み渡る。
そういう風に繋がるセックスで、何度生まれ変わった心地がしたことだろう。
宍戸は絶頂の余韻を思い出して、ほぅ、と淡く息を吐いた。
まぶたを閉じて布たちに頬擦りする。
どうしてこれほどまでに安らぐんだろう。
自分自身を抱きしめると脳裏に鳳の微笑みが浮かぶ。
幸せそうに宍戸に触れて、キスを降らせて名前を呼ぶ。
夢の中にいるようで、鳳はここにはいないのに想うだけで愛しさが溢れて止まない。
そのうち、うしろがとろとろと愛液を滴らせ始めた。
初めてのヒートのときとは明らかに異なる反応だった。
激しく求めあうだけの発情しか知らない宍戸は驚いたが、心を満たして止まないこの感情はまぎれもなく愛情だ。
こんなにも穏やかに発情するのか。
もしかしたら、番ったことによって発情の仕方も変わるのかもしれない。一生のパートナーを得たことによって、子孫を残すために躍起になって相手を貪る必要がなくなるということなのか。
いずれにせよ、宍戸にとっては何もかもが初めての経験だ。
それは鳳にとっても同じことであるはずで、そのことに気が付いた宍戸は彼に会いたい気持ちがより強まった。
今の自分を見て、鳳はどの様に発情するだろうか。
宍戸に発情されて嬉しいと大粒の涙を流したあの夜と同じように深く穿とうとするのか、それとも。
「あぁ」
吐き出した息が熱い。
自分ではあまり感じないが、きっと鳳が言うような甘ったるいフェロモンが出てしまっていることだろう。
濡れた下着が秘部にまとわりついてくるが、宍戸は着ている服を脱ごうとはしなかった。
すっかり発情しているせいか、酩酊したように体の自由が利かなくなっているのだ。
睡魔とは異なるまどろみの中で、宍戸は鳳の名を呼んだ。
「ちょう、たろ」
そのとき、玄関が開く音がした。
「ただいま帰りましたぁ」
施錠するガチャンという金属音のあと、スリッパに履き替えた鳳の足音が聞こえてくる。
「宍戸さぁん? あれ、いないのかな?」
宍戸を探す間延びした声がして、続いてリビングのテーブルに買ってきた荷物を置く無機質な音がした。ガサゴソと物を整理しているようだ。
「宍戸さーん」
もう一度、宍戸を呼ぶ声がした。
ここに居ると大声で返事したいのに、宍戸の唇は吐息とともに鳳の名を呟くことしかできない。
「おかしいなぁ……宍戸さ、ん」
宍戸を探す声は不自然に途切れた。
一瞬の静寂ののち、大げさな足音が近づいてくる。
宍戸は胸を弾ませた。
この世で一番会いたい男がようやく自分のもとに帰ってくる。
勢いよく開け放たれたドアの方に視線を投げると、嬉しそうに目を輝かせている鳳がいた。
今すぐにでも宍戸に飛びつきたいのを我慢しているのか、手を握っては開いてを繰り返している。
その様子がおかしくて、宍戸は巣の中で表情を蕩けさせた。
「おかえり」
「ただいま、です」
鳳はよろよろとベッドまで歩を進めた。
「宍戸さんのいい匂いがしたんで来てみたら……これって宍戸さんの巣ですか?」
「うん」
やはり宍戸からはフェロモンが出ているらしい。
「すごい! 初めて見ました。俺の服で作ってくれたんですね。わぁ……こんなにいっぱい」
「スーツは使わないでおいてやったぜ。皺になる」
巣をよく見れば、クリーニングが必要なスーツやネクタイなどは用いられていないようだった。
「本当だ。でもそんなこと気にしなくていいのに。次からは全部使ってくださいね」
「ん、わかった」
鳳はスリッパを脱いでベッドの空いたスペースに乗り上げた。
巣の中の宍戸を覗き込んで頬を撫でる。
火照った肌が汗でうっすら湿っていた。
宍戸は猫がするみたいに気持ちよさそうに目を細めて鳳の手のひらを受け入れた。
「またヒートが来たんですね。苦しくはないですか?」
「大丈夫」
「よかった。それにしても、すごく上手に積み重ねましたね」
「だろ」
「俺がやったら崩れちゃいそう」
「もっと」
「え?」
「もっと褒めろ」
宍戸は鳳の小指の先に吸い付いて潤んだ瞳を向けた。
鳳がほぅっとため息をついた。
先ほどよりも少しだけ宍戸のフェロモンが濃くなったのだ。
巣作りしたΩはαからの賞賛に喜びを見出すと聞いたことがあった。
無意識のうちに鳳に褒められたいと欲している宍戸が愛らしくてたまらない。
「ひとつひとつ丁寧に重ねたんだろうなって一目でわかりましたよ」
「うん」
「これだけの服を持ってきて積み重ねるのって大変だったでしょう?」
「うん」
「初めてなのにすごいですね。惚れ直しちゃいました」
どれも本心だ。
自分が出掛けている間の宍戸の行動を想像すると、胸を掻きむしりたくなるほど愛おしい。
ヒート中の発熱と倦怠感を抱えながら一生懸命に鳳の衣服を集めて、出来上がった巣にすっぽりと収まり満足そうにしている。
その姿がいじらしくて、そして誇らしさすら感じた。
「その中、すごく居心地が良さそうですね」
「あぁ」
「いいなぁ。俺も入れてくれませんか」
「なぁ、まだ気づかねぇの?」
宍戸の言葉に、鳳は首を傾げた。
気付く、とはなんのことだろうか。
宍戸はまっすぐに鳳を見上げたままなにも教えてはくれない。
鳳はもう一度まじまじと巣を眺めた。
自分は何を見落としている?
ベッドから立ち上がった鳳は別の角度から巣を眺めてみた。
横から、足元から、上から。
宍戸は寝転んだまま、ベッドの周りを行き来する鳳を目で追いかける。
「あっ」
宍戸の足元の方で腰を低くし、目線を下げて巣の全体を見ていた鳳が何かに気付いた。
「宍戸さん、もしかしてこれ、空ですか?」
「あたり」
鳳の回答に、宍戸は目を細めて微笑んだ。
寝転んだ宍戸の頭の上で、白いシャツや藍色のデニムジーンズ、白い毛糸のマフラーや水色のTシャツが折り重なっている。
それはまるで青空に白い雲が浮かんでいるようで、鳳は二人で過ごしたあの島の夏を思い描いた。
「すごいなぁ。宍戸さんの空だ」
宍戸が積み重ねて作り上げた空。
限られた衣服で出来た空は青色がまちまちで雲の方が多かったが、あの時見上げた空のように晴れ晴れとして見えた。
「おまえの青い服全然足りねぇよ。あの空はもっと青かった」
「そうですね。また空作ってもらえるように青い服買うようにしようかな」
「うん、でも次は違うもん作る」
「そうなんですか?」
「おう、また当ててみろ」
「わかりました」
鳳が正解したことで満足した宍戸は、目の前にはみ出しているシャツの裾を引っ張り崩れてきた衣服を抱きしめて顔をうずめた。
胎児のように横向きに体を丸めたせいでどんどん崩れていく衣服を片腕で寄せ集めながら、くふん、と鳴いた。
「宍戸さん、俺もそっちいっていいですか? すごく、いい匂いがします」
鳳をそっちのけで巣材に埋もれていく宍戸に触れたい。
宍戸のフェロモンは、今や番である鳳にしか作用しなかった。
その甘ったるい香りが鳳の理性を、火の付いたろうそくの様にじっくりととかし始めていた。
「俺の巣に入る?」
「入りたいです」
「どうしようかな」
衣服にうずめていた顔を少しだけずらして、宍戸の片眼が鳳を射抜く。
鳳は待てを言いつけられている気分だった。
極上の瑞々しい果実を目の前にして、喉がゴクリと鳴る。
「本当に、いい匂い」
宍戸と同じように、鳳自身からもフェロモンが出ているはずだった。
その香りに反応していてもおかしくないはずなのに、宍戸は鳳が寝室に入って来てから一度も「欲しい」と手を差し伸べてはくれない。
まさか鳳に触れることよりも巣の中にいることの方が気に入ったのだろうか。
不安になった鳳は宍戸を懐柔させるべく誘惑を試み始めた。
「服より、俺の方がいい匂いしますよ」
宍戸は鳳をじっと見つめ、わずかに口端を引き上げた。
「花の香りでしたっけ。好きだって言ってくれましたよね」
ベッドの端に片膝をついて宍戸との距離を縮める。
「ね、もっと近くで嗅いでみたくありません?」
しかし宍戸は瞳を潤ませて何も言わずに鳳に微笑みかけるだけだ。
「宍戸さん……」
じっと見つめる瞳に、先に根負けしたのは鳳だった。
「宍戸さぁん、俺宍戸さんに触りたいです」
情けなく眉尻を下げて懇願する鳳に、宍戸はふっと笑みをこぼした。
「長太郎」
ころんと体を仰向けにして巣の中から両腕を伸ばすと、おいでと鳳を誘う。
入ることを許された鳳はベッドに乗り上げ、巣を跨いで宍戸に覆いかぶさった。
宍戸の腕の中に収まり、力強く引き寄せられる。
「あぁ」
抱きしめ合えば、ようやく体全体で感じられた肌の熱さにどちらともなく感嘆のため息が漏れてしまう。
首筋に鼻先をつけた宍戸は大きく息を吸い込んだ。
肺を満たす鳳の匂いは即座に宍戸に作用し、刹那、溢れる愛液の量がどっと増した。
「ほんとだ、いい匂い」
「宍戸さんも、とってもいい匂いがします」
宍戸の体は鳳を迎え入れようと従順に準備を進めているようだ。
もぞもぞと肢体をくねらせながら鳳の腰に両足を絡めた宍戸は、下腹部に当たる硬く張り出した存在に息を飲んだ。
布越しでも形がくっきりわかるほど鳳の性器は質量を増している。
「なんだか、前のヒートのときとは全然違いますね」
鳳は腰を宍戸に押し付けながらも、花びらに触れるようにそっと唇を重ねた。
鼻先をすり寄せて幸せいっぱいに微笑む。
宍戸の目に映る柔らかな鳳の表情と、怒張で会陰をグリグリと押し上げる凶暴さが結びつかなくて頭が混乱してしまいそうだ。
「こんな風に落ち着いてキスなんてできませんでしたね」
「長太郎に食われるかと思った」
「俺だって、宍戸さんに絞りつくされるかと思いましたよ」
鳳は宍戸のカットソーの裾から手を差し入れ、胸の尖りを探り当てると指の腹で撫でた。
「んんっ」
「もうぷっくりしてる」
「それ、っ、きもちいい」
「やっぱりヒートの時は敏感になるんですね」
つぶすように捏ねると、刺激が強すぎたのか肩を跳ねさせる。
「んぁ、や、」
「えっ、ごめんなさい。いやですか? 腫れ過ぎて痛いのかな」
「……ふ、ぅ」
普段のセックスとは勝手が違う。宍戸の感度が鋭くなっていて、鳳は力の加減がわからなかった。
前回のヒートのときはお互いに自我を失うほどタガが外れた状態だったから、多少好き勝手されても気にならなかったし、今思えば随分無理を強いた。
しかし今回のヒートではあの時とは違って理性が残る発情の仕方をしている。
鳳は宍戸が嫌がることはしたくないし、純粋に気持ちよさだけを与えたかった。
「なんでやめんだよ」
手を引っ込めてしまった鳳を、宍戸は不満げに見上げた。
「だって痛いって」
「そんなこと一言も言ってねぇだろ」
宍戸は 自らカットソーをたくし上げて胸を露出して見せた。
「もっと」
褒めろと要求したときと同じように、宍戸は悪びれる様子もなく言い放った。
「これもヒートのおかげなのかな」
「なにが?」
「宍戸さんがわがままで可愛くなってるなって」
駄々をこねる子どもみたいに、宍戸は鳳に自分に触れろと要求している。
願ってもない申し出には敬意を払って従わなくては。
鳳は唾液をたっぷり纏わせた舌で、朱く主張する尖りに触れた。
「んぅ」
鼻から抜ける声が甘さを含んでいる。
舌の表面を滑らせ、先端をやわやわとこねると、宍戸は胸を突きだして鳳の頭を抱えた。
指先で髪を混ぜ込まれ、舌をぴったりはりつけたまま目線を上げると、眉根を寄せてじっと鳳を見つめる潤んだ瞳に射抜かれる。
いたずら心が働いて、ちゅうっと吸いついてみた。
舐められるのとは違ったあまやかな刺激に、宍戸は腰をくねらせた。
「ああ、それ」
「好きですか?」
「うん。好き」
コクンと素直に頷いた唇に口づけてから、鳳はもう一方の尖りに舌を伸ばした。
吸いついて舌先で転がすと宍戸は悦びに哭く。
わざとらしく水音を響かせながら愛撫し、唾液に濡れた片方の先端を指先で優しく捏ねると宍戸はときたま体を跳ねさせて小さな絶頂を甘受した。
「はっ、だめ、ん、っ、っ……!」
切羽詰まって喘ぐようになるころには、二つの尖りはすっかり腫れぼったくなっていた。
「宍戸さんもいつか、おっぱい出るようになるんでしょうか」
唾液で艶めく紅い尖りを唇で弄びながら鳳が呟いた。
男体であっても、Ωにとって乳房は生まれてきた子どもを育てるために重要な器官である。
「ふっ、ぁ……さぁ、な」
「ずるいなぁ。宍戸さんは俺のなのに」
鳳はうっすら涙の滲む宍戸のまつ毛に口づけ、馴れた手つきで宍戸の衣服を脱がしにかかった。
しっとりと汗に湿った肌が、手のひらに吸いつくようだ。
「張り合うなよ」
「だって」
「おまえも飲んでみればいいだろ」
「それは赤ちゃんが可哀想じゃないですか」
「たまにならいいんじゃねぇか?」
「そうですか? じゃあ……たまにお願いします」
「はは」
すでに下着だけでなく、スウェット地の部屋着までもがぐっしょりと愛液に濡れている。
まとめて宍戸の両足から引き抜いて、鳳は自らも一糸纏わぬ姿になった。
火照る肌を見せつけて、宍戸はおもむろに足を開いた。
ゆるく勃ち上がった楔よりも奥まったところ、生殖器となった後孔が露わになる。
震えるように収縮を繰り返し、蜜がとろりとこぼれ落ちた。
「もう、こんなに」
誘われ秘壺に指先で触れた鳳は、熟れきった果実を手にしたときのような危うさに喉を鳴らした。
慎重に薄皮を剥いた白桃を押し潰してしまうときの緊張感に似ている。
ほんの少しの力加減で、いとも簡単にズブズブと侵略してしまえるのだ。
鳳の指が蜜壺に飲み込まれた。
欲求のまま肉壁の官能的な柔らかさを味わえば、宍戸が内ももを震わせて甘い声を漏らす。
「あっ、んぅ、ふっ……んっ」
「宍戸さんのここ、すっごく柔らかい」
目元をうっすら朱色にして、宍戸は蕩けた瞳を鳳に向けた。
腹の中を侵される快感に溺れてしまいそうになる一方で、一刻も早く鳳に貫かれ命の迸りを受けとめたい。
ヒートのせいか、交合を強く求めずにいられない宍戸は鳳に両腕を伸ばして乞うた。
「もう、そこいいから、なぁ」
「俺も、もう無理かも」
二人とも取り繕う余裕などなかった。
猛る怒張が間髪いれずに宍戸を貫く。
待ちわびた鳳の熱量に、宍戸は喉の奥から嬌声を絞り出した。
「ああっ、んぁっ、ぁ、はっ」
「っく、っ、はぁ」
「もっと、もっ、と、ぁあ、いっぱい、ちょうたろ、ぉ」
「はっ、んぅ……っ、はい、もっと」
宍戸の膝の裏に手をかけ押し広げた鳳は、上から潰すように体重をかけて腰を打ち付けた。
より深いところまで鳳の陰茎が穿つ。
亀頭に感じた違和感は子宮の入り口だろうか。
本能はそこへ注げと告げていた。
しかし自分のペニスをくわえ込んであられもなくよがる想い人を目の前に、髄を焼くほどの快感を追い求めること以外何ができよう。
「んぐ、やぁ、くる、し」
「苦しい、の、いやですか、?」
「あぁっ、やじゃ、っ、やじゃない、ふ、ぅん」
「きつ……、はぁっ、も、宍戸さん、イきそうになってる」
「ん、うん、もう、あぁ、っ、っ!」
「イって、いっぱい、ね、宍戸さん、ほら、もっと」
「~っ、っ、あぁ、もう、イってる、のに、あぁぁっ」
「っ、すごっ、あぁ、はぁ……、俺も、だめ、かも」
「やだ、またクる、ぅ、っっ……んっ」
「あーもう、っ、出してる途中で、絞らない、で」
「知らな、っ、ん~~……はぁっ、っ」
「はは、まただ。宍戸さん、ずっとぐちゃぐちゃ」
肌がぶつかり合い、愛液が甲高く粘り気のある水音を立てた。
酸素を吸う暇もないくらいに絶頂が押し寄せて意識が飛びそうになる。
それでも宍戸が留まっていられたのは、ひっきりなしに口づけを降り注ぎ続ける鳳の表情が快感に歪むのを見ていたかったからだ。
口元に滴り落ちてきた鳳の汗に舌を伸ばす。
塩辛さを感じ、だがすぐに鳳の舌に絡め取られて味がわからなくなった。
体を起こした鳳は宍戸の腰を抱え直して尚も強く穿った。
なすがまま宍戸は激しく揺さぶられる。
「うわっ」
「宍戸さん!」
激しい律動のせいで体ごと押し上げられた宍戸は頭上の巣材に突っ込んでしまった。
雪崩れてきた衣服たちに顔面を埋められてしまう。
一瞬、目の前が青と白で覆われ、そしてあっという間に真っ暗になった。
「あ~、崩れちゃった」
「長太郎ー、助けろー」
「ちょっと待ってくださいね」
雪崩の下から宍戸のくぐもった声がする。
繋がったまま、鳳は宍戸に積もった衣服をごっそり抱えてベッドの端に追いやった。
「はぁ。さすがに苦しかった」
「やっぱり二人で入るには狭かったですね」
「おまえデカいからなぁ。あーあ、俺の巣」
体を気怠そうに起こした宍戸は、腰を浮かせて鳳のペニスを抜いてしまった。
体液がシーツにこぼれてしまってもさして気にしない様子でくるりと鳳に背を向け、ただの山になった巣材をかき集め始める。
「し、宍戸さん?」
「んー?」
睦み合いはまだ始まったばかりだというのに急に放置された鳳は狼狽した。
「あの、もしかして終わりですか?」
「何が?」
「えっと、てっきりこれからもっと盛り上がるものだと思ってたんですけど……」
「ああ、まだするぜ」
「だったら、なんでやめちゃうんですか?」
「おまえが俺の巣、壊すから」
「え? あ、ごめんなさい……?」
正直、鳳はセックスが始まってから巣の存在をほとんど忘れていた。
宍戸の愛情表現の一つであるくらいにしか認識していなかったのである。
だが宍戸にとって、巣とは鳳そのものだった。
自分を包む、たったひとつのかけがえのない存在。
それは毛布であり、要塞であり、空気だった。
なくてはならないもので自身を囲えば安心して生きていける。
だから、たとえ鳳本人であっても、大切な巣を壊してはならないのだ。
宍戸は頭の方に積み重ねていた白や青の巣材を集め、一つの大きな山にした。
鳳に背を向けたまま、山の前で正座を崩してぺたりと座り込む。
大きく腕を広げて抱きつくと、頬ずりして安心したようにため息をついた。
「宍戸さん?」
「うん」
「あの、続き、したいんですけど……」
「うん、しようぜ」
「でも……こっち向いてくれないんですか?」
「俺の巣」
「えっ」
「巣。いいだろ?」
覆い被さるように山に抱きついた宍戸は、膝立ちになって腰を高く上げた。
鳳の衣服たちを抱きしめる四つん這いの姿で、肩越しに振り返り目を細めて微笑んでいる。
向けられた蜜壺からは、精液と膣液が混ざった白濁がドロリと溢れ太股を伝った。
生殖器はとめどなく愛液を分泌し、糸を引いてシーツに垂れ落ちそうだ。
「全部、長太郎だからさ、俺、今すっげー幸せ」
宍戸の言葉はところどころ理解するのが難しい。
しかしその感情に嘘偽りはないことをよくわかっていて、だからこそ、じっくりと宍戸を味わいたくなった。
鳳は後孔に先端をあてがい、ゆっくりと時間をかけて挿入した。
蜜を湛えた胎内は抵抗なく鳳を受け入れ、一息に挿しこんでしまいそうになる。
根元まで入りきってから腹の下にぐっと力をこめて、カリ首で精液ごと掻き出すように腰を引けば、眼下の宍戸は背をのけ反らせて悦んだ。
繰り返し、もったいぶらせながら挿入しては腰を引く。
先ほどと違って鳳に揺さぶられていないはずの宍戸の肢体は、それでも内側から沸き上がるように震え不規則に揺れた。
汗が光る背中に手を伸ばした鳳は、指先を宍戸の尾てい骨から背骨をなぞって這い上がらせた。
「う、っあ」
熱い愛液が結合部から溢れて鳳の下生えを濡らす。
紅潮した肌からぶわりと汗を噴き出して、宍戸は腰を揺らした。
艶めかしくくねる様子を食い入るように見つめる鳳は一定の速度で律動し続ける。
眼下で、宍戸の背中の筋肉が肌の下で強張りうねる。肩甲骨が突出して、背骨の凹凸が波打った。
宍戸のうなじに残る噛み痕が、よりくっきりと浮かびあがっている。
深く突き刺したまま律動を止めた鳳は、体を伸び上がらせて襟足が汗で張り付くうなじに舌を這わせた。
「わ」
宍戸が肩を揺らす。
鳳は皮膚の薄くなった傷跡が点々と連なる歯型にそって舌先を滑らせた。
「噛んだところ、ちゃんと塞がってよかった」
「ぁ、そこ舐められると、ゾクゾクする」
「こうですか?」
「んっ」
強く舌を押し付けると、宍戸の腸壁が狭まり鳳を締め付けた。
「ほんとだ、っ、気持ちよさそう」
うなじに吸いつかれたまま律動を再開された宍戸は、抱いた衣服の一端を噛んで呻き声を染み込ませた。
熱い楔がゆっくりと出たり入ったりすると、体の芯がどろどろに溶けて崩れてしまいそうになる。
すでに自分自身では絶頂のコントロールが利かず、なにもかもを鳳に明け渡してしまっていた。
鳳の花の香りを吸い込むと、頭のてっぺんから足の爪先まで感覚をすべて支配されて、ただありのまま享受することしか選択肢がなくなる。
ヒートのせいでのぼせて何も出来ない宍戸の体を昇ぶらせ、果てても痺れるほどの快感を与え続ける鳳の肉体。
硬い怒張が、慎ましやかだったはずの後孔を広げながら容赦なく貫く。
宍戸は幸福だった。
貪り尽くされるということに対して決して肯定的ではなかったはずなのに、際限なく求められる心地よさを知ってしまった宍戸は何度も腹の奥で鳳の迸りを受け止めたいと願っていた。
まさに本能が社会的な思考を食らって、宍戸に本来の役割を思い出させようとしているかのようだ。
「ぐちゃぐちゃにしてほしいですか?」
全身で感じ入っている宍戸には答えられない。
すでにこれ以上ないくらい蕩けてしまっているのに、対する鳳はまだ余力があると言わんばかりの口振りだ。
「俺は、宍戸さんのことぐちゃぐちゃにしたいです。かき混ぜたくて仕方ない。宍戸さんの中、いっぱいいっぱい気持ちよくしてあげたい。余ってるところがないくらい全部に刻み付けて、そして一番奥で出したい。掻き出せないくらい深いところにマーキングして、俺を忘れないようにしてもらわないと」
深くまで挿入した怒張をさらに奥まで届かせようと、鳳は宍戸の腰を掴んで根元を擦りつけた。
圧迫感に戦慄く宍戸の体は、はじめからそういう風に体が出来ていたかのように腸壁がきつく締まった。
内臓を押し上げられる苦しさすら悦びに変わり、宍戸は目の前がチカチカと発光した気がした。
「おまえので、いっぱい、に、されたら、」
「っ、ふふ、宍戸さんのおなかの中、きゅーってして、俺のを食べてる」
「お、俺、おかし、く……なる」
「なりましょう? 俺と。ね?」
言い切る前に、鳳は宍戸を突き上げた。
抱きついた衣服たちに阻まれ逃げ場がない宍戸は、否応なしに打ち込まれる楔を受け止めることしか許されない。
絶頂がなんだったかもわからなくなるほどの快感に襲われる。
声にならない声で叫びながら愛液と精液を垂れ流して達し続けた。
「あっ、あぁぁ、っ……んぅぅっ、っ、んぁ」
「はぁっ、ぁ、すご、んっ」
「もう、ちょ、た、ああぁ! っっぐ、うあぁ」
「もっと、もっと、っはぁ……俺でいっぱいに、なって」
「いっぱい! あぁぁ、いっぱい、だからぁ!」
宍戸の腸壁は鳳のペニスを離すまいとぴったり張り付いている。
シーツも集めた衣服も、二人の体液が飛び散って見るも無惨な有り様だった。
宍戸は焦点の合わなくなってきた視界に鳳の姿を探した。
だが後ろから責められているせいで布と壁しか見あたらない。
現在進行形で深く繋がりあっているというのに、なぜか無性に寂しくなって涙が溢れた。
叫びすぎたせいで口の中が乾く。
今すぐ鳳の熱を帯びた舌に咥内を蹂躙されたかった。
「宍戸さん!」
喘ぐ声に涙声が混じるのを聞き逃さなかった鳳が宍戸の左肩を掴んで引き寄せた。
力ずくで振り向かされたために体が捻れる。
「な、っんむ」
抗議するまもなく口づけられ深く舌がねじ込まれた。
潤すように満遍なく舐め尽くされる。
律動する振動で鳳の舌を噛んでしまわないように、大きく開けたままの唇から垂れる涎が顎を濡らした。
「はぁっ、ぁ」
「んっ、んんぅ、っ!」
至近距離で鳳の眉間に皺が寄るのを見つめながら、宍戸は彼が達したことを悟った。
二度三度打ち付けて、残滓もろとも宍戸の胎内に解き放った鳳はようやく怒張を引き抜いた。
支えを失った宍戸の体が、衣服の散乱したベッドに沈む。
なけなしの力で仰向けに寝返りをうった宍戸は、自分と同じように肩で息をする鳳を見上げた。
また腹の中を満たされ、多幸感に全身が歓喜している。
宍戸は願った。
汗だくの肌を合わせてきつく抱きしめ合いたい。花の香りを吸い込んで、耳元で名前を呼ばれたい。
だが腰の立たなくなった体では鳳のもとに向かえない。
宍戸は唇の動きだけで鳳の名を呼んだ。
刹那、鳳が宍戸の両腕を引いた。反動をつけて起こされた体が鳳の胸に受け止められる。
「宍戸さん」
慈しみを込めた声が宍戸の鼓膜を震わせ、宝ものを大切に仕舞い込むように、鳳は宍戸を抱き寄せた。
腕の中に包み込まれた宍戸は、ほっと安堵した。
怖いことも悲しいことも、ここにいれば大丈夫。
それはまるで丹誠込めて作り上げた巣のようで、宍戸はなぜヒート中のΩが巣を作らずにはいられなくなるのか、また一つ理由がわかった気がした。
「また前みたいに、寝て起きたら忘れちゃうんでしょうか」
初めてのヒートのとき、二人は互いを貪り合った記憶をほとんど覚えていなかった。
それほどまでに溺れ、自我を保てなかった。
「どうだろう。でも」
宍戸は鳳の背を抱いて肩口に頬を預けた。
「すげぇ、幸せだってことは忘れないぜ。きっと」
バース性に翻弄される人生にあっても、愛という感情だけは唯一忘れずにいたい。
日が落ち夜が深まっても、甘い香りと花の香りに充満する部屋で、二人は小さな巣の中に籠もって片時も離れずに互いを愛した。
先に意識を手放したのはどちらだったか。
形を成さなくなった巣に守られ、二人は深い眠りについた。