0:00 SIDE鳳
「あ、宍戸さんこんばんは! メリークリスマスです!」
「おー、本当に0時きっかりに電話してきたな」
「だって、約束しましたから」
スマートフォンの向こうで、宍戸さんは少し呆れたように言った。
昨日、日付が変わったら一番にメリークリスマスを言いますねと宣言していた俺は、有言実行、0時になった瞬間に宍戸さんに電話した。呼び出し音はワンコールで途切れた。だから、宍戸さんも俺からの着信を待っていてくれたんじゃないかな。そうだったら嬉しい。
「今年も宍戸さんとクリスマスを過ごせるなんて、今夜が楽しみで楽しみで」
「はは、そんなに楽しみか」
「もちろん!」
もう一度、メリークリスマスと言ったら、笑い声混じりのメリークリスマスが返ってきた。
俺たちが恋人としてお付き合いをするようになってから、もう四年が経つ。
お互い大学の授業やアルバイトでせわしない毎日でも、記念日や特別なイベントの日は予定を合わせて一緒に過ごすようにしてきた。
宍戸さんは口では「いちいち大ごとにして祝うようなモンでもないだろ」なんて言うけれど、誕生日やお付き合い記念日、バレンタインやホワイトデーだって、本当はちゃんと楽しんでいるんだって、俺は知っている。
そして、今日は年に一度のクリスマス。
今夜は宍戸さんの家で二人きりのクリスマスパーティをすることになっていて、俺は何ヶ月もこの日を楽しみに生きてきた。
「俺はケーキ担当ですからね。おいしいケーキ期待しておいてくださいね!」
「おう。おまえも期待しとけよ。今年はすげーヤツ用意したから」
「えっ! なんだろう……わくわくしますね!」
得意げな宍戸さんの声が、俺をますます喜ばせた。
俺たちのクリスマスは、それぞれ役割分担が決まっている。
これにはちょっとしたいきさつがある。
付き合い始めて一年目のクリスマス。俺のたっての希望で予約した雰囲気のいいレストランは、堅苦しいと宍戸さんに不評だった。
そこで、次の年からは宍戸さんの部屋でのんびり過ごすことにした。でも、ただ過ごすのはつまらないと宍戸さんが言い出して、お互いにごちそうを持ち寄ってパーティをしてみようということになったのだ。
これがなかなかに盛り上がった。
二人とも当日まで何を用意するかを内緒にしていたから、宍戸さんちのテーブルの上には、和洋折衷、統一感のないごちそうがところ狭しと並んだ。
スマートでも洗練されてもいないクリスマスディナーにひとしきり笑いあって、これがおいしい、こっちもおいしい、なんて言いながらわいわい過ごす。
非日常感はまったくないけれど、それでも俺にとっては宍戸さんとの特別な時間であることに変わりはなくて、頬が緩みっぱなしになってだらしない顔してるってからかわれることも、心から楽しいと感じられるひとときだった。
そして、今年は俺がケーキを持って行く係に任命され、宍戸さんはディナーを用意する係になった。
もちろん、お互いにどんなものを用意するかは秘密だ。
「じゃあ夕方に駅前で」
「ツリーを見て、それから宍戸さんちに直行ですね」
「ちゃんと着込んで来いよ。おまえすぐ風邪ひくから」
「もう、わかってますってば」
あまり夜更かししないようにと、早めに通話を終了した。
起きたら予約していたケーキを引き取りにいかなくちゃ。
甘さがひかえめで、フルーツが大きくて、毎年予約で完売してしまう有名店のショートケーキ。もちろんホールで。
宍戸さん、喜んでくれるかな。
「楽しみだなぁ~」
数時間後には宍戸さんに会えるし、綺麗なクリスマスツリーを二人で見て、おいしいごちそうを食べて、そのあとは……。
ベッドにもぐりこんでも、子どもの頃のようにわくわくして眠れない。
クリスマスって、どうしてこんなに特別なんだろう。
窓の外からサンタクロースの乗ったそりの鈴の音が聞こえてきそうで、まぶたを閉じてそっと耳を澄ませた。
7:00 SIDE宍戸
一つ目の目覚まし音で目が覚めるなんていつぶりだろう。
朝が苦手で、目覚まし時計は必ず二つセットしないと起きられないというのに、珍しいこともあるものだ。
体を起こして伸びをする。
冷えた部屋の空気を吸い込むと頭が冴えてきた。
「あ、そっか。今日は長太郎に会うんだ」
声に出したら、なんだか急にむずがゆくなってきた。
そうだ、似てるんだ。
子どもの頃、クリスマスの朝を向かえて、枕元のプレゼントを見つけたときのわくわくしたあの気持ち。
いつもと同じだけれど少しだけ特別な一日の始まりに、浮き足立つのを止められないあの気持ち。
「なんだよ、だからかよ」
今日を楽しみにしていたのは長太郎だけじゃない。
なにせ目覚まし一発で起きられてしまったくらいだ。
包み隠さずに言ってしまえば、俺も今日が楽しみで仕方なかった。
「なんたって今年のメシは取り寄せだからな~」
今夜は俺んちで長太郎とクリスマスパーティをする事になっている。
あいつがケーキを持ってくると言うから、晩飯の担当は俺になった。
去年は互いに好きなものを持ち寄りすぎて、ちぐはぐなクリスマスディナーになったっけ。
ローストチキンにローストビーフ。この時点でローストかぶり。
加えて、シチューに寿司というなんとも食い合わせの悪いラインナップ。
けれどあいつと二人で食事を囲むことが楽しくて、次もまた持ち寄ってパーティをしようなんてことをちょうど一年前の今日、約束したのだ。
ベッドを出て、冷たいフローリングを進む。
ワンルームのキッチンは狭く、一人暮らし用の冷蔵庫が壁との間にぎゅっと押し込められている。
冷凍室を開けると、冷気に覆われて昨日届いたブツが鎮座していた。
「長太郎んちではよく食ってんのかもしんねぇけど」
今年、俺は去年を上回る驚きのクリスマスを長太郎と過ごしてみたくて、かなりフンパツした。
大学生には敷居の高い「お取り寄せ」ってやつで、カニを手に入れたのだ。
「思ったよりデカかったな」
見た目が強そうだから選んだタラバガニは四本足ごとにまとめて真空パックされていて、想像していたよりもずっと大きかった。
今夜はこれでカニ鍋をしようと考えている。
「土鍋に入っかな。まぁ、なんとかなるだろ」
なにか豪勢なものを用意したくて取り寄せてみたはいいものの、料理にはまったく自信がない。
けれど、鍋ならよっぽどのことがない限り失敗したりしないだろうし、なによりクリスマスっぽい小洒落たテーブルセッティングも必要ない。
それでいて特別感があって、一石二鳥どころか一石三鳥だ。
「さて、と」
冷凍庫を閉めて、伸びをする。
午前中のうちに部屋の掃除をしてしまわねぇと。
瞬間、二つ目の目覚まし時計から、けたたましいアラーム音が鳴り響いた。
そういえば、今朝は一つ目で起きられたから、もう一つの目覚ましをオフにし忘れていた。
スイッチを切るためにベッドに乗り上げたら、まだシーツは温いままだった。
掃除ついでに、これも洗濯しておこうか。
いや、どうせ明日の朝また洗う羽目になる。
「……んんっ」
ハッとして咳払いした。
今夜、ここであいつとするコトを無意識のうちに想像している自分に気恥ずかしさを覚えて、丸まっている毛布と掛け布団を乱暴に広げた。
12:00 SIDE鳳
第一声から、いやな予感がしたんだ。正確に言うと、言葉を発する前の一呼吸から。
宍戸さんは電話の向こうで短く息を吸って、止めて、「わりぃ」と言った。
「悪い、ってなに、が」
「バイト、呼び出されちまった。シフト入ってたやつが熱出して、病院行ったらインフルエンザだと」
「そんな」
「他に入れるやついないらしくて、しかも今日は」
「クリスマス、ですもんね」
宍戸さんは居酒屋でアルバイトをしている。大学部に進学してすぐに始めたからもうすぐ三年になる。アルバイトは真っ先に駆り出されるこの時期に、これまで毎年二人でクリスマスを過ごせたのは宍戸さんのおかげだった。宍戸さんは十二月二十五日の休みをもぎとるために、シフトを入れまくって馬車馬のように働いた。ただでさえ忘年会シーズンまっただ中の超繁忙期だというのに、それでも宍戸さんは俺とこの日を過ごすためにがんばってくれた。
今年も同様、宍戸さんはみっちり働いて、きっちり休日を手に入れたはずだった。
なかなか会えない日々が続いてもクリスマスのためだからと自分に言い聞かせて、その分今日は思いっきり宍戸さんと楽し