東京に戻ってきてから初めてヒートを起こした宍戸は、鳳の衣服で巣を作り緩やかに発情した。
その甘いフェロモンに呼応するように、鳳は宍戸を求め、宍戸は巣に招き入れた。
これは、ヒートに不器用なΩと、彼を心から愛するαの、巣ごもりのお話。
DAY 2
「これから一週間、楽しみですね」
宍戸のうなじに口づけ、鳳が微笑む。
シーツの上で体を翻らせて鳳に抱きついた宍戸は、その笑みごと奪うようにして唇に食らいついた。
鳳から漂ってくる華やかなフェロモンの香りが宍戸の胎内を疼かせ、同時に、宍戸から発せられる甘い香りが鳳を昂らせた。
先ほど目覚めたばかりだが、昨日の名残か、すでに腹の下の方がもったりと重い。
ゆうべ遅くまでまぐわい、体中に情事の跡を残したまま眠りについてしまった二人の肌は汗でベタついたままだったが、ひとつも気にならなかった。口づけを繰り返せば、熱い舌を絡め合わせて味わう唾液が淫靡に互いの唇を濡らしていく。
「はぁ、ちょうたろ」
「宍戸さん、ふふ、もうとろとろになってる」
寄せ合った唇で囁くように言葉を交わしながら、鳳は宍戸の両足を割り開き蜜壺に触れた。
そこは溢れる愛液でしとどに濡れ、やわく鳳の指を歓迎した。
「んっ」
触れる宍戸の唇が快感に強張るのを感じて、鳳はなだめるように熱い舌を這わせた。
埋め込んだ指先でゆっくり腸壁を撫でるたびにかたく引き結ばれていく唇を、ぺろぺろと丹念に舐めあげる。
宍戸は否応なしにきゅうきゅうと鳳の指に絡みついてしまう蜜壺をどうすることもできず、熱っぽく鳳を見つめて甘受した。
鳳からもたらされる刺激をひたすら素直に受け止め、敏感に肢体を反応させる宍戸の瞳が潤み始める。
普段のセックスでもなかなか見せることのない宍戸のいじらしい姿に、鳳は胸の中で暴れそうになる愛しさを発露せずにはいられなかった。
「はぁ、もうほんと、俺をどうするつもりなんですか」
胎内から指を引き抜き、宍戸を抱き起こす。
膝の上に乗せた彼を力いっぱい抱きしめてしまいたいのをグッと堪え、鳳は宍戸の胸に顔をうずめて背を撫でた。
「なんだよそれ。おかしなことを言うなぁ、おまえは」
「だって、昨日といい今日といい、宍戸さんが可愛すぎるんですもん。どうしたらいいのかわからなくなるくらい!」
「可愛いとか言うんじゃねぇよ」
「他になんて言ったらいいのかわかんない。もう好き。大好き。すっごく好き」
「ヒートに当てられすぎだろ。まぁ、俺のせいか。……気持ちはわからなくはねぇけど」
潤む瞳のまま目元を染める宍戸に、たまらず鳳はその背をかき抱いた。
「あはは、苦しいって」
「うぅ~~、早く宍戸さんの中に入りたい。入れていいですか?」
膝に乗る宍戸の尻を持ち上げて自分の陰茎に腰を落とさせようとする鳳が、眉尻を下げて見上げてくる。
そのくせ力強い瞳からは有無を言わせないという意思がありありと見て取れ、思わず宍戸は噴き出した。
「俺もおまえが可愛いよ」
「茶化さないでくださいよ。本当に我慢できない」
「嘘じゃないぜ? 俺がヒートになると余裕がなくなるおまえ、すげぇ良い」
鳳の亀頭に膣口を合わせ、ゆっくりと腰を落としていく。
宍戸の胎内が鳳を根元まで飲み込むと、部屋は甘い蜜と花の香りが充満し二人を酩酊させた。
言葉はいらない。体が求めるまま律動を繰り返す。宍戸が吐き出した精液が鳳の腹を濡らし、鳳が吐き出した精液が宍戸の蜜壺から溢れても、ねばつくような水音とあられもない喘ぎ声に煽られるように何度も絶頂を貪った。
そのうち宍戸の体は自分でコントロールすることが難しくなる。
鳳に跨って跳ねさせていることが出来なくなるほど、感じ入り、いうことを聞かなくなった。
「あ、はぁっ、なぁ、もっと」
持ち上げられなくなった腰をもどかしそうにヒクつかせながら、宍戸はグリグリと鳳のペニスを飲み込んだままグラインドさせた。
愛液と精液で濡れた鳳の下生えにアナルや陰嚢が擦れる刺激ですら、大いに宍戸を悦ばせる。
しかし最奥を穿たれる快感と比べたらささやかなものでしかない。
宍戸は一刻も早く鳳に突き崩されたかった。
鳳は、発情しきってだらしなく開いた唇に舌を差し込み、口内を蹂躙しながら宍戸をシーツに押し倒した。
その拍子にペニスが宍戸から抜け出てしまったが、それでも眼下の愛しい彼は期待に満ちた瞳を細めて微笑んでいる。
妖艶、いや、いっそ自然であるかのように、髪の毛から肌、爪の先、そして香り、全身全霊で番である鳳を誘っていた。
Ωのフェロモンは麻薬だと言うが、鳳には宍戸そのものが麻薬に思えて仕方がなかった。
汗ばむつややかな肌に触れて、頭の芯を溶かすような香りを吸い、性器を飲み込まれれば、愛しさが快楽を伴って怒涛のように押し寄せる。
鳳は宍戸の体をひっくり返して腰を高く突き出させた。
その後孔に硬くいきり立つ怒張を挿入すると、勢いをつけて穿ちはじめた。
叫び声に似た喘ぎを枕に染み込ませながら、宍戸の背が戦慄いている。
その様子を見下ろしながら、鳳は頭の奥でぼんやりと本能の囁きを聞いていた。それは番である宍戸に鳳の子を身籠らせたいという生物的な本能だった。
「し、しどさ、すき、すき」
うわごとのように繰り返しながら律動は止まらない。
狭まる胎内に陰茎が締め付けられ息が詰まるような嬌声が聞こえると、宍戸が達したことがわかった。しかし鳳は穿ち続けた。またきゅーっと締め付けられ、たまらず鳳は射精した。吐き出しきったらまた律動を再開する。繰り返し、繰り返し。
気付けば日は陰り、明るかったはずの部屋は薄暗くなっていた。
「や、も、もう、ちょうたろ」
「はぁっ、はっ、あれ?」
一体どれだけ吐精したのだろう。結合部分からは白濁が溢れ、宍戸の太ももをこれでもかと濡らしている。
フェロモンの香りは薄れ、青臭い性的な匂いが鳳の意識をはっきりさせた。
「えっ、もう夜? あれ? 俺、どのくらい宍戸さんと……?」
鳳が腰を引くと、ぽってりと朱く色づいた宍戸のアナルが収縮していく。しかし鳳が吐き出した精液がドロドロと溢れでるのを止められないようで、宍戸は膝をついたままこちらに背を向けてゆっくりと体を起こしながら、ときたま流れ出る白濁にも感じているかのように肩を震わせた。
Ωの性器から番である鳳の精液を垂れ流している。
目の前の状景と先ほどまで頭の中をリフレインしていた生殖本能が、鳳に興奮と罪悪感を覚えさせた。
「ご、ごめんなさい! 俺、また頭がぼーっとして。どうしよう、いっぱい出しちゃった。く、薬持ってきますね」
「待て、長太郎、大丈夫だから」
「でも」
「それよりシーツ、また替えねぇと」
「俺がやりますから宍戸さんは寝ててください。あーもう、なんで? 昨日は大丈夫だったのに、また記憶がとんじゃうなんて」
裸のままバタバタと部屋を行き来して、鳳は宍戸に避妊薬を飲ませ、シーツを新しいものに替えた。
そういえば食事も入浴も昨日の夜からしていない。ぐぅと宍戸の腹が鳴る音に血の気が引いた鳳は、とにかくなにか食べさせなければとキッチンに向かおうとした。
「なぁー」
間延びした声が鳳を引き留める。
「ちょっと待っててくださいね、おなかすきましたよね。何か作ってきますから」
「長太郎」
ん、とベッドに腰かけた宍戸が両腕を広げて呼んでいる。
だっこのポーズを取られてしまっては、条件反射で足が宍戸のもとに向かってしまう。
腰をかがめて宍戸を抱きしめると、宍戸も鳳を抱きしめ返した。
「どうしました?」
「おまえが暴走しそうになったのは多分俺のせいだ」
「え?」
「まだヒートにムラっ気があるのかもしれねぇな。昨日はほわーって感じだったのに、今日はガンッて感じだった」
「ほわー? ガンッ?」
「ヒートになるときの感じだよ。うまく言えねぇんだけど、昨日と今日で感じが違った。だからおまえは悪くねぇから。それよりもう一回してぇ」
鳳のひたいに口づけた宍戸はニカッと笑って腕に力を籠め、鳳をベッドに引きずり込もうとしてくる。
そのぺたんこになった腹からまた「ぐぅ」と音が鳴り、鳳は踏ん張った。
「し、宍戸さん、まずはごはん食べましょ? そのあとお風呂に入って、セックスはそのあとに」
「やだ」
「やだって、ええ? いやなんですか?」
「……食わなきゃだめか?」
「おなかすいたでしょ?」
「んー」
曖昧な返事をしながら鳳の腕を引く宍戸は、まるで子どもが駄々をこねている姿ではないか。
鳳はふと昨日の宍戸の様子を思い出した。
崩れた巣材をかき集め、腕いっぱいに抱きしめて巣を自慢し、蕩けた瞳で『全部長太郎だから幸せ』とひときわ嬉しそうに微笑んだ。
宍戸の行動は全て鳳への求愛なのではないか。
ヒートを起こし巣を作り、番と片時も離れたくないという意思表示。
きっと本人も気付いていない。けれど本心から鳳を求めていることに変わりはない。
その愛情表現の拙さが、より一層鳳に愛しい気持ちを募らせた。
「も~~不器用なんだから」
その後どうにか宥めて食事と入浴を済ませた鳳は、約束通り肌を重ね宍戸に溺れた。
満足そうに眠りについた宍戸の寝顔を眺めながらあくびを噛み殺す。
明日はどんな宍戸を見せてくれるのだろうか。
毛布を引き上げ宍戸に寄り添った鳳は、フェロモンとは違う宍戸自身の香りに包まれながらまぶたを閉じた。