仕事帰りの金曜の夜は、どこも賑やかで浮き足立っている。
宍戸も例に漏れず、明日から始まる三連休にどこに出掛けようかとそればかり考えていた。
『ちょっといいワインを手に入れたので』
そう言って宍戸を誘ったのは鳳だった。
鳳とは恋人関係になって三年になる。
付き合うきっかけは偶然街中で再会したことだった。
社会人となり疎遠になっていた二人はそこから急接近し、今の形に落ち着いた。
それから大きな波乱もなく二人の関係は続いている。
今夜は鳳の部屋に泊まって、二人で明日からの計画を立てるのもいいかもしれない。
宍戸軽やかな足取りで鳳の家に向かった。
「ししどさぁん」
「うおっ、おまえ酔っ払ってんなぁ」
「よっぱらっれないれすぅ」
「はいはい、酔っ払いはみんなそう言うんだよ」
鳳の家についたときには、すでにテーブルの上につまみが用意されていた。
はじめダイニングテーブルで飲んでいた二人だったが、酔いが回るにつれて鳳の挙動が心もとなくなってきたのでリビングのソファーに移動した。
その後も飲み続け、二本目のボトルがもうすぐ空になるというところで、鳳が宍戸に抱きついてきたのだ。
もともとアルコールにさほど強くはない鳳だ。
真っ赤な顔をだらしなく緩ませて、宍戸の体をぎゅうぎゅうと抱きしめている。
手に持っていたグラスをテーブルに置いた宍戸は、鳳の腕の中でわずかに体を回し、鳳が抱きつきやすいようにしてやった。
「よしよし、長太郎」
「んふふ。ししどさん、あったかぁい」
「おまえの方が体あっつくなってんぞ?」
「ワインおいしかったからぁ、いっぱいのんじゃいましたぁ」
「そうだなぁ。おまえにしちゃあよく飲んだなぁ」
「ししどさんはぁ、よってないんれすかぁ?」
「んー、酔ってなくはねぇけど、まだ飲めるかな」
「いいなぁ。おさけにつよいの、ずるいです」
「はは、ずるかねぇだろ。こればっかりはしょうがねぇ」
鳳の頭を撫でていると徐々に体重を掛けられ、なし崩しにソファーに押し倒されてしまう。
熱い体がのしかかってきて、宍戸は胸に頬ずりする鳳の頬を撫でた。
「眠くなってきたか?」
「ん~~」
鳳は昔から酔うと眠気に襲われる。
悪酔いするよりかはいいが、今ここで眠られては身動きが取れなくなって困る宍戸は、鳳の頬をつつきながら優しく声を掛けた。
「眠いならベッドに行こう?」
「ねむくないれすぅ」
「うそ。目がとろんとしてんじゃねぇか」
「ねむくないもん」
鳳は宍戸の上をずり上がり、熱をもった唇を宍戸のあごに押し付けた。
「ししどさぁん、おれ、えっちがしたいれす」
「今? ここで?」
「うん。だめ?」
「だめじゃねぇけど、おまえ動けんの?」
「うぅ~~」
体を起こそうとした鳳は、ソファーのへりについていた手を滑らせ、またも宍戸の上に倒れ込んでしまった。
思うように体を動かせないのが悔しいのか、宍戸に抱きつき首筋を甘噛みしている。
あむあむと弱々しく歯を立てられてもちっとも痛くはないが、体温の高い舌がかすめるように肌をなぞるたびに宍戸のうなじをゾクゾクと走るものがあった。
「ん、長太郎、わかったから」
「えっちぃ、しましょぉ?」
「わかったわかった、するから」
「ほんと? やったぁ」
にこにこと破顔して喜ぶ鳳をなんとか抱き起こしソファーに腰掛けさせる。
酔って重そうな体を背もたれに預ける鳳に口づけて宍戸はリビングを離れ、鳳の寝室からローションとコンドームを持ってきた。
鳳の目の前で着ているものを全部脱ぐ。
ほろ酔いの肌には外気が涼しく心地いい。
「わっ! そんな大胆な!」
「いつも見てるだろ」
「でもこんなところで!」
「おまえがしようって言ったくせに、なに恥じらってんだよ」
両手で顔を覆う鳳が、指の隙間から宍戸の裸体を覗いている。
本気なのかふざけているのかはわからないが、なんともおかしな仕草をしていて宍戸は笑った。
鳳のスラックスと下着に手をかけ、膝までずり下げる。
鳳の陰茎は既に緩やかに勃起していた。
「俺の裸見て興奮した?」
真っ赤な顔で頷く鳳の瞳が、酔いのせいか潤んでいる。
ソファーに乗り上げ鳳の腰に跨った宍戸は、鳳のペニスにコンドームを被せ、手にローションを搾りだした。
後ろ手で自身の肛門を探り、ローションの滑りを借りながら指を入れる。
一本入れば、あとは集中しなくても体が解し方を覚えている。
宍戸は鳳の顎に指をかけて上を向かせ、その唇を舌で割り開いた。
舌を滑り込ませると、熱い唾液に溢れた咥内に迎えられる。
上あごの粘膜を丁寧に舐め、追いかけてきた鳳の舌と遊ぶように絡ませた。
片手で絶えずアナルを拡張し、もう一方の手で鳳の頭を撫でながら深く深く口づけていく。
背を抱いてきた鳳の手のひらの熱さを感じながら、宍戸は少しずつ性感を高めていった。
「んっ、しし、どさん」
「んー?」
「おれっ、なきそう、っ」
「え?」
合わせていた唇がわなないたと思いきや、鳳は大粒の涙を瞳からぽろぽろ零し始めた。
とめどなく頬を濡らし、顎から雫が垂れている。
突然大泣きし始めた鳳を前にして、宍戸は「またか」と嘆息した。
「どうした~?」
「わかんないれすぅ~」
「そうだよなぁ。勝手に涙出てくるんだもんなぁ」
鳳は所謂泣き上戸である。
悲しいわけでもつらいわけでもないのに、酔うと涙が出てしまうらしい。
初めて泣かれた時は面食らったものだが、三年も側にいれば慣れてくる。
宍戸は解れた後孔で鳳のペニスを飲み込みながら、脱ぎ散らかした衣服で指についたローションを拭って鳳を抱きしめた。
「よしよし、長太郎。いっぱい泣いていいからな」
「うえ~ん」
「俺ん中に長太郎が入ってるだろ?」
「っく、ひくっ、うん、はいってます」
「今からちゃんと気持ちよくしてやるからな」
「うぁ~ん」
「ほら、ゆっくり動くから、っん、ふぅ、気持ちよく、なったら、俺のことぎゅーって、するんだぞ、っ」
「ん、うんっ、っひく、ししどさ、きもちいいよぉ」
鳳の顔にキスを降らせながら腰を上下させる。
自分の快感を追うよりも鳳の快感を引き出すように、宍戸は腰の動きに緩急をつけた。
鳳の腕が宍戸の腰を抱く。
涙に溺れる瞳でまっすぐに宍戸を見つめながら、鳳はその腕に力をこめた。
「ししどさん、ししどさんっ」
「ん、いいこ。ぎゅーって出来たな」
「ししどさん、おれ、きもちいい」
「よかった。気持ちよくなれてえらいな。長太郎がいっぱい、出せるまで、動いててやるからな」
鳳は宍戸の腸壁に弄ばれていた。
キュッと狭められたり、食むように蠢かされたり、アナルの入口にわざとカリ首を引っかけて揺すられたりする。
甘やかなテクニックに翻弄され、鳳は涙だけでなく鼻水も垂らしながら必死に宍戸にしがみついた。
胸を濡らす鳳の涙が熱い。
宍戸は抱きついてきた鳳の頭を抱き込み、徐々に腰の動きを早めていった。
「あっ、やぁ、そんなに、はやくしちゃっ」
「ふ、ぅっ、」
「ししどさ、ししどさんっっ、だめ、もう、でちゃう!」
「んっっ、っ」
勢いよく腰を下ろすと、根元まで飲み込んだ宍戸の背が鳳にきつく抱きしめられる。
次の瞬間、コンドーム越しでもわかるほど熱い迸りが放たれ、宍戸は鳳の吐く息を胸に感じながらぶるりと身震いした。
「い、いっちゃっ、た」
酔いと快感で呂律の回らない鳳が宍戸を見上げた。
その蕩けた瞳に見つめられると、宍戸の胸はきゅーっと切なく締め付けられてしまう。
大きな体をしているのに愛玩動物のような可愛らしさを持っている鳳に骨抜きにされ、宍戸はたまらず鳳の頭に頬擦りした。
よしよし、と宍戸の手が鳳の髪を撫でる。
されるがままに甘やかされる鳳は、宍戸の手のひらの心地よさにうとうととしはじめた。
「眠たくなっちゃったか?」
「ん~、もっとえっちする」
経験則から言って、酔ってセックスをしたあとの鳳は宍戸に抱かれたまま眠りに落ちる。
そうすると朝まで絶対に目覚めないのだ。
「でも寝ちゃうだろ」
「やだぁ、ししどさんともっと」
「起きたらいっぱいしよう? 今日はもう寝ちゃいな」
いやいやと宍戸の胸にひたいを擦らせていた鳳だったが、数分も経たないうちに寝息を立て始めてしまった。
仕方がないのでソファーに寝かせて朝まで待とう。
鳳の上からどいて横たわらせた宍戸は、寝室から毛布を持ってきて簡単に鳳の寝支度を整えてやった。
裸のままソファーの下に腰を下ろす。
すやすやと眠る鳳の唇にそっと口づけ、宍戸は自身を慰め始めた。
酔った鳳とセックスするとき、宍戸はいつも中途半端な状態のままおいてけぼりにされてしまう。
それでもよかった。
自分の快感をそっちのけにしてでも、愛らしく求めてくる鳳の願いを叶えてやりたかった。
くちくち、滲みだしてきた先走りが亀頭を濡らし、手の中で水音を響かせる。
空いている左手の指を唾液で濡らした宍戸は、後ろ手でアナルを刺激した。
鳳のペニスの感触を思い出しながら、何度も何度も抜き差しさせる。
陰茎と同時に自分を責め立てながら、宍戸は鳳の唇に震える舌を這わせた。
起こさないように、そっと、注意深く神経を巡らせながら鳳の唇を舌で擦る。
熟睡し脱力している唇は柔らかく、むしゃぶりつきたい衝動を飲み込みながら宍戸は達した。
声を噛み殺し、荒くなってしまう鼻息を呼吸を止めて抑えようとする。
絶頂し昂ってしまった体をきつく抱きしめてほしい欲求を振り払うかのように、宍戸は手の中に吐き出した精液を握りつぶした。
少し、切なくなる。
それは射精した体に訪れる生理的な定例儀式のようなもので、決して鳳に不満をもったわけではない。
宍戸はぼーっとした頭で鳳の寝顔を見つめていた。
鳳には、目覚めたら今夜の分もたっぷり愛してもらうから構わない。
ソファーが狭くて一緒に眠りに就けないないのはさみしいが、明日からの三連休はひとときも離れず側にいられるのだから一晩くらい我慢しよう。
幸せそうな顔で寝息を立てる鳳にもう一度頬擦りして、宍戸は数時間後に甘い時間を思い口端を緩めた。