結局、俺は長太郎と付き合うことになった。もちろん、恋人としての意味で、だ。俺の生活がなにか変わったかと聞かれれば、何も変わらないと言える。大学に行って、テニスして、バイトして、その繰り返し。だけど、ふとした瞬間に、例えば今みたいに、俺たち以外誰も乗っていない車両に肩が触れ合う距離で隣り合っているときに、あぁ、俺はこいつのものになって、こいつは俺のものになったんだと思うことがある。多分、長太郎が俺を好きだと想う気持ちと、俺が想う気持ちを量りにかけたら前者の方が圧倒的に、今は、重い。四年間も、いやそれ以上か、一人の人間に好意を寄せ続けるのってどんな感じなんだろう。叶う確証のない夢を追い続けるような感覚だろうか。想像してみれば何とも心許ない。流れる景色の隙間から差し込んでくる西日が、余計に俺を切なくさせた。
「日が長くなってきましたね」
春が終わろうとしている。長太郎は眩しそうに目を細めて、まっすぐ外を眺めながら言った。俺の視線に気づいてこちらに微笑みを投げる。だけどすぐに目をそらしてまたまっすぐ窓の外を見ながら手の甲で口元を拭った。いや、俺には唇を押さえつけたように見えた。まるで衝動を抑えるみたいに。頬が染まって見えるのは陽で照らされたせいだろうか。
なるほど、と思った。手に取るようにわかってしまった。なぜなら、俺も同じことを願ったから。
「なぁ、目閉じろ」
「え? 顔にごみでもついてました?」
「いいから」
長太郎は不思議そうに眉根を寄せて目を閉じた。こちらに向けられた綺麗な顔の無防備さに心臓が跳ねた。息を一つ吸い込んで、止めた。勢いがついてしまわないように全身全霊で体の動きをコントロールして、俺がもてる精一杯のやさしさを込めて、そっと唇を触れさせた。刹那、長太郎が体を強張らせるのが分かった。それも一瞬。唇を離してまぶたを開くと、目玉が零れ落ちそうなほど見開いて驚く顔が目の前にあった。
「し、宍戸、さん、今、なにを」
「……」
「お、俺、びっくりしちゃって」
「まて、俺もびっくりしてる。なんでこんなとこでやっちまったんだ」
冷静になったらいろいろやばいではないか。俺たち以外誰も乗っていないからといって、いつ誰に見られるかもわからないような所でこんな大胆なこと、なにやってんだ、俺。
「あ、あの!」
「わりぃ。ちょっと俺おかしかったわ。いやだったよな」
「そんなことないです! ああ、ちょっと、もう! 宍戸さん!」
「な、なんだよ」
「急すぎてよくわからなかったので、もう一回お願いします!」
結論を言うと、俺の両肩を掴んで迫ってきた長太郎のひたいは俺に叩かれて夕日より真っ赤になったけれど、もう一回したいのは俺も同じだったから、今夜はこいつをうちに連れて帰ろうと思う。