日曜日の昼下がり。
出掛ける支度を整えた俺たちは玄関に向かって幾分かひんやりとした廊下を進んだ。
「とりあえず先にどこかで腹ごしらえしましょうか。そのあと映画なんかどうです? 宍戸さん、見たいものがあるって言ってませんでしたっけ」
「……」
「そうだ、帰りに卵買わないと。忘れそうだなぁ。宍戸さんも覚えておいてくださいね」
「……」
「宍戸さん?」
さっきから宍戸さんの声がしないことを不思議に思った俺は片方の靴に右足を突っ込んだまま振り返った。
けれど視界に宍戸さんの姿がない。
「えっ?」
何かに足首を掴まれ見下ろすと、宍戸さんが玄関マットにぺたりと座り込んでいた。
正座を崩して、左手をついて上体を支え、まるで膝から崩れ落ちたみたいな格好だ。
俺の足首を掴んでいたのは宍戸さんの右手だったと認識するまで、ものの数秒。
「宍戸さん!? どうしたんですか!?」
「……んっ」
宍戸さんの手が離れていく。
立ち上がろうとしているのか両手を床について腰を浮かした宍戸さんは、ぶるっと震えたかと思うとまたぺたりと座り込んでしまった。
明らかに普通ではない様子に、俺は慌ててしゃがみ込み宍戸さんの顔を覗き込んだ。
「具合悪いんですか!? どうしよう、病院……救急車!」
「待て、んっ、……長太郎」
「だって宍戸さん苦しそうじゃないですか! 病気だったら、俺、」
「違うんだって……あっ」
俯いたまま、宍戸さんはまたぶるぶると震えた。
呼吸が荒くなってきている。
どうしよう、大きな病気かもしれない、救急車に電話、何番だっけ、いやだ、宍戸さん、死んじゃいやだ、
「んぅっ」
スマホを服のどのポケットに仕舞ったのかもわからなくなるほど取り乱していたら、宍戸さんがゆっくりと顔を上げて潤んだ瞳が俺を射抜いた。
泣きべそをかきながら宍戸さんの肩を掴めば、心なしか体が熱をもっている気がする。
頬っぺたも火照っているし、うっすら開いた唇から震えるように息を吐き出している。
こんな宍戸さん、どこかで見た気がする。しかもすごく最近。
「ひゃっ」
「えっ、どうしました!?」
声を裏返して肩を揺らした宍戸さんは、おぼつかない手で俺の胸倉を掴み驚くことを口にした。
「な、なんにもしてないのに、腹ん中、勝手に、イってる……っ」
「へっ?」
ぎゅっと目を瞑って、喉の奥で「んぅ~~」と唸り声を上げている。
「イってるって、え? おなかの中? それって」
「さっきまでと、おんなじ、にっ……なんで、こんな」
「さっきまで……」
つい小一時間前まで、俺たちは文字通り精が枯れるほどセックスをしていた。
二人ともなまじ体力には自信があるものだから休憩も入れずに行為にふけってしまい、結局二人ともこれ以上は何も出ないという段階になってようやく体を離し、今に至る。
「……おまえのせいだ」
「お、俺のせいですか!?」
「おまえが、どっちが先に音を上げるか勝負しましょう、なんて言うから」
「宍戸さんだってノリノリだったじゃないですか!」
「だからって、っ、あんなにガンガン突っ込みやがって」
「宍戸さんもイキそうって言ってるのに俺の上で腰振るのやめてくれなかったじゃないですか!」
「っ、ん~……」
苦しそうに眉間に皺を寄せた宍戸さんは咎めるように俺を睨んだかと思うと、背中に腕を回して抱きついてきた。
胸のあたりにぐりぐり額を押し付けて、むずがりながら声を漏らす。
どうするのが今の宍戸さんにとって楽になれる方法なのかわからない俺はそっと丸い後頭部を撫でた。
「痛いとか、苦しいとかではないんですよね?」
宍戸さんは俺に体をあずけたまま頷いた。
ほっと胸を撫で下ろす。
本当に肝を冷やした。宍戸さんに何かあったらと思うと生きた心地がしなかった。そして慌てふためくだけで何もできなかった自分に心底幻滅している。もっとしっかりしなくては。宍戸さんを守れるくらいに。
「苦しいっていうか……」
「なんですか?」
さっきまでの威勢はどこへやら、くったりした宍戸さんは俺の胸にぼそぼそ話しかけた。
「おまえの入ってないのにずっとイってんの、変な感じ」
そして俺の背に回した腕にぎゅーっと力をこめた。
息を詰めては色っぽい声と共に吐き出して、ときどき背すじを震わせる。
”止まる”のスイッチが壊れたおもちゃみたいに絶えず反応し続ける宍戸さんは、まるで縋っているかのように俺を抱きしめて離さない。
庇護欲を掻き立てられてどうにかして楽にしてあげたいのに、俺は一つしか解決方法を思いつくことができなかった。
「宍戸さん」
「ん……?」
「あの、治るかわからないんですけど」
「うん、っ」
「もう一回、入れてみますか……?」
宍戸さんの肩がピクリと揺れた。
狭い玄関に沈黙が流れる。
怒らせてしまっただろうか。
こんな状況なのに色ボケもいい加減にしろと呆れられてしまったかもしれない。
「ごめんなさい、今のは撤回させてください」
「はぁ……」
気だるげなため息が聞こえる。
やっぱり今のは失言だった。
どう謝ろうかとつむじを見下ろした俺の腕の中で、宍戸さんがもぞもぞ動き出した。
そして引き寄せた俺の耳元で
「それ……いいかも」
と、吐息交じりに囁いた。