眠る前のセックスは宍戸さんとの決めごと。
どんな体位でもいいけれど、必ず挿入してお互いに果てること。
この約束をしてからかれこれ三か月。
未だ一日たりとも破られたことはない。
「はっ、っ、あっ」
突っ伏して腰を高く上げる宍戸さんは、枕を噛み締めながら俺の名を呼んだ。
宍戸さんも俺も寝巻にしているTシャツをたくし上げ、下着ごとハーフパンツをずり下げただけの格好。
必要なところが繋がっていればそれで充分だった。
おざなりというわけではないけれど、セックスが日課になっている俺たちにはこれが手軽でちょうどいい。
「ちょた、ちょうたろ」
「なぁに? もう、出そう?」
宍戸さんはひたいを枕に擦らせてコクコク頷いた。
そして枕元のティッシュケースを掴み、俺に揺すられながら後ろ手で渡してきた。
引き抜いた数枚のティッシュを、宍戸さんのペニスの先にあてがう。
優しく包んだまま腰を振ると、宍戸さんはグッと背を丸めて呻いた。
筋肉が強張って震える尻たぶを撫でながら、宍戸さんの気持ちいいところめがけて穿ち続ける。
すると宍戸さんの手が伸びてきて、ペニスを包んでいる俺の手を上から握った。
手の中のティッシュにじわりと湿るものがある。
宍戸さんは射精していた。
喉の奥から密やかに漏れてくる甘い声を聞いて、宍戸さんの腹の中に絞られるがまま腰を振る。
達すると、俺が精液を全部出し切るまで宍戸さんはお尻を高く上げたまま待ってくれていた。
終わったら、余韻を惜しみつつ長居はしない。
俺のペニスが抜け出ると、宍戸さんのアナルは元通りに慎ましく収縮した。
毎日セックスをしているのだ。
できるだけ宍戸さんの体に負担がないようにしなければ、次の日に差し障る。
だから挿入だって、お互いに体をまさぐり合って、性感がはちきれそうになるまでペニスを扱いて、
射精しそうになるギリギリのところで宍戸さんの中に入るようにしている。
他人には機械的に感じるかもしれないが、俺たちは十分に満たされていた。
宍戸さんのペニスにあてていたティッシュを外し、俺の精液がたまったコンドームと一緒にを丸めてゴミ箱に放る。
体を横たえた宍戸さんを仰向けにして、くったりと硬さを失ったペニスに口づけた。
「んっ、ちょた、ろ」
亀頭を口に含んで、そっと吸い上げる。
尿道に溜まっていた精液がわずかに舌の上に零れて、青苦い味が広がった。
人差し指と親指で頼りないペニスの根元を摘まんで、亀頭の表面についた精液を舌で舐めとる。
こうしている間中、宍戸さんはずっと俺の頭を撫でていた。
綺麗にし終わったら、宍戸さんの下着を引き上げて、おなかが出ないようにTシャツをピンと伸ばせはアフターケアはこれで終わり。
「眠くなってきました?」
「ん、長太郎、ありがとな」
まどろみにまぶたを落とした宍戸さんは、間もなくすやすやと寝息を立て始めた。
セックスの余韻でほのかに色づく頬に口づけを落とす。
毛布を引き寄せて宍戸さんの隣に横たわれば、眠気はすぐに訪れた。
セックスをしないと眠れない。
そう宍戸さんの口から告げられたのは一緒に暮らし始めて半年が過ぎたころだった。
その頃俺は仕事が立て込んでいて、週に何日かは職場に寝泊まりすることもあるほどだった。
残業は当たり前で、家に帰り着くのは決まって深夜。
朝の早い宍戸さんを煩わせてはいけないからと、部屋を別にして眠ることが日常になっていた。
宍戸さんと肌を重ねるのは、よくて週末に一度あるかどうか。
平日は会話する時間さえもてなくなっていた。
だから宍戸さんが不眠症に悩まされていただなんて、その時の俺はまったく気付いてすらいなかったんだ。
「最近うまく眠れないんだ。やっと眠れたと思っても、夜中に何度も目が覚める」
睡眠不足で色味を失った肌と、少しやつれた頬。
心なしかパサパサに乾いて見える髪の毛。
俺はそのになってようやく、宍戸さんの異変を認識した。
ものすごく狼狽えた。
滅多に風邪もひかないような溌剌とした人だったはずなのに、そのときの宍戸さんは枯れ木のようで、まったく生気を感じられなくなっていたから。
まさに、頭を鈍器で殴られたような衝撃。
一緒に暮らしているのに大切な人の変化に気が付けないだなんて、そのときの俺は本当にどうかしていた。
「でもな、長太郎とセックスした日だけはぐっすり眠れるんだ。朝まで一度も起きずに。なんでだろうな。だから、その、悪いとは思うんだけどよ……」
セックスしてほしいと、遠慮がちに俺の手を握る宍戸さんを、俺は初めて弱々しいと思った。
その日から、俺は宍戸さんと毎日セックスをしている。
仕事の忙しさも落ち着きを取り戻し、前ほど帰りが遅くなることもない。
一日の終わりに宍戸さんを抱き、眠りにつくのを見届ける。
その頬には血色がもどり、髪の毛にも艶が出てきた。
なんて幸福な日課なんだろう。
明日も明後日も、その次の日も、宍戸さんに眠りを運ぶ使命を俺は担えているのだから。
どうしてあんな言葉が口を出たのか、いまだによくわからない。
ようやく長太郎と一緒に暮らせるようになったというのに、すれ違ってばかりの毎日に嫌気がさしていたのか、それとも単純に困らせてやりたかっただけなのか。
いずれにせよ、あの時の俺は大分弱っていた。
普段なら気に障らないことでも、いやに神経を逆撫でした。
職場の人間関係のいざこざに巻き込まれて辟易していたことも、長太郎のために作った晩飯が手をつけられないまま冷蔵庫に突っ込まれていたことも、育てていたバジルの芽がナメクジに全部食われちまっていたことも、なにもかもが俺の心を摩耗させた。
だからきっと、ほんの少しの出来心だったんだと思う。
『セックスしないと眠れないんだ』
まるで嘘でまかせだった。
けれどこう言えば、長太郎は俺を寝かしつけるために早く帰ってくるだろうということがわかっていた。
次の日から、本当に長太郎は早く帰宅するようになった。
俺の作ったメシを食い、温かい風呂に二人で浸かり、くだらないバラエティー番組を見て笑う。
欲しかった日常が、たった一つの嘘で舞い戻ってきた。
ベッドに入れば、長太郎は必ず俺を抱く。
以前のように溜まった性欲をただ吐き出すだけのセックスじゃない。
俺に恭しく触れて、たくさんキスをして、反応をちゃんと見て、気持ちよくしてくれて、最後には後片付けまでしてくれる。
事後の気怠さでうとうとしているだけの俺を心の底から安心した顔で見つめて、眠るまで側にいてくれる。
なんて幸せな毎日なんだろう。
本当に、あぁ、なんて幸せな!