制服

丸襟の白いシャツに細いリボン。
チェックのスカートに黒のストッキング。
そんな、どこにでもありそうな女の子の学生服。
だけどそれを着ているのは華奢で可憐な女の子ではなく、長身にがっちりと筋肉のついた俺なのだ。
大学生になってもビッグサーバーの名を意のままにしている自慢の肩に引っ張られ、丸襟シャツのボタンは今にも弾けそうになっている。
スカートは腰のホックを留められず、ファスナーも途中までしか上がらない。
ストッキングに至っては、履いているときに無理矢理引っ張り上げたせいですでに右足に大きな伝線ができていた。
「ぎゃはははは」
そんな俺の無惨な姿を見て、大口開けて笑い転げているのは最愛の恋人宍戸さんだ。
腹を抱えて、それはそれは楽しそうに笑い続けている。
途中、笑いを堪えようとするのだけれど、仏頂面の俺を見ては何度も噴き出し収まるところを知らない。
ついにはフローリングに倒れ込んでヒーヒー言いながら苦しそうにしている。
「そんなに笑うことないじゃないですか」
土下座のように体を折って突っ伏している宍戸さんの苦しそうな背中をさすったら、顔を上げた宍戸さんは俺の顔と格好を見て、また声にならない声で笑った。
「本当は宍戸さんが着るはずだったんですからね! 俺が着たってなんにも楽しくない」
そうなのだ。これは俺が着るはずじゃなかった。
本当は宍戸さんに着てもらう予定だったのだ。
大学に入ってからまた伸ばし始めた宍戸さんの髪は、ついに一つに結べるまでに長くなった。
おととい酔っぱらった勢いで、「女の子の格好した宍戸さんとえっちしてみたいっす!」と言ったら、「おもしれぇ」と宍戸さんが言ったので、昨日激安量販店で調達しておいた。
そして今日、俺の住む部屋に遊びに来た宍戸さんに意気揚々と差し出したら、宍戸さんは「まずはおまえが着てみせろ」と言った。
俺が着たって面白くないし可愛くも何ともないということを力説したのだけれど、宍戸さんは「おまえが着ないなら俺も着ない」と頑として譲ってくれない。
仕方がなかった。俺が着たら宍戸さんも着てくれると言うのならば背に腹は代えられない。
そして、気は乗らないが渋々着替えてみせたところ、爆笑を頂戴しているというわけだ。
「そんなに笑ってたら、息出来なくなって死んじゃいますよ」
体をぶるぶる震わせてだんご虫みたいに突っ伏している宍戸さんの背を撫でる。
笑われていることに腹は立たない。
ただ少し面白くないだけである。
「お、おまえ、そんな、似合わねぇ、ぶはっ!」
「はいはい似合わないですね」
「ひー、っっ」
「もう、本当に酸欠になっちゃいますよ」
「パッツパツ、だし、ははは」
宍戸さんの側に膝をついている俺のスカートをめくって覗き、またブハッと噴き出す。
「タイツ、っっ、上がってねぇ、っ」
足の付け根のところで止まってしまっているストッキングが、俺のパンツを皺くちゃにしている。
「タイツじゃなくてストッキングね。しょうがないじゃないですか。上がりきらなかったんですよ。ビリビリにしちゃうし。だから宍戸さんの方がいいって言ったのに」
「短足だって馬鹿にしてんのか」
突然笑いをひっこめた宍戸さんが低い声で言うものだからドキッとしてしまう。
「違うってば。宍戸さんの方が脚がきれいだってことです」
足首が引き締まって、スッと伸びたアキレス腱とふくらはぎ。
膝のかたちがきれいで、太股の張りに無駄がなく、ところどころ擦り傷や切り傷の痕が残っている宍戸さんの脚。
剥き出しの足の裏を人差し指でなぞったら、くすぐったがりの宍戸さんは跳ねるように体を起こした。
フローリングに後ろ手をついて、上げた片足で俺の肩を蹴って睨みつける。
でも笑いは完全に引っ込んでいなかったらしく、唇をむずむずさせるとまたケラケラと笑い声を上げた。
「もういいでしょ。次は宍戸さんの番ですよ。ちゃんと俺は着たんだから約束は守ってもらいます」
笑ってばかりの宍戸さんの手を引いて立ち上がる。
そのまま部屋横切ってベッドまで連れて行く。
宍戸さんの笑い声は途切れなかったけれど、俺にベッドに押し倒されても嫌がったりしなかった。
「はー……笑った笑った」
「ひどいなぁ。似合わないのはわかってたじゃないですか」
「うん、わかってた。けど、見てみてぇじゃん」
宍戸さんのトレーナーを下に着ていたTシャツごと脱がせる。
その肌に、俺が着ていた丸襟のシャツを羽織らせた。
「こんなの着てる俺がいいのかよ?」
シャツの袖に腕を通してボタンをとめた宍戸さんにリボンを手渡す。
「別に女の子の格好してる宍戸さんがいいってわけじゃないですよ。でも、なんていうか、ほら、定番じゃないですか。女装って」
「つーかアレだろ。スカート履いてる俺とエロいことしたかっただけだろ」
宍戸さんの指先が、胸元で器用にリボン結びをする。
肩にかかるくらいの黒髪が丸襟のふちに流れる。
「やっぱ、エロいっすね」
「どこが」
「ねぇ、スカートも」
眉をひそめる宍戸さんのジーンズをはぎ取った。
ボクサーパンツに女物のシャツだけの格好はアンバランスで危うい。
俺が脱いだストッキングは、もう破けているからと履いてはくれなかった。
ベッドの上で膝立ちになった宍戸さんが、スカートを履いてファスナーを上げる。
俺より腰の細い宍戸さんでも、さすがにホックは留められなかった。
そのままあぐらをかこうとするから、シャツの裾をきちんとスカートに入れて正座してもらった。
「ほら! やっぱり俺より可愛い!」
スカートの裾からのぞく膝小僧が可愛い。
白いシャツの布が平らな胸にストンと広がっているのが可愛い。
細いリボンで首もとを飾られているのが可愛い。
呆れ顔で首を傾ける宍戸さんの髪の毛が揺れているのが可愛い。
女装なんてなんでもない風を装っておきながら、落ち着かないのかスカートを握りしめているのがとてつもなく可愛い。
「こんなのに興奮すんのかよ。意味わかんねぇ」
「だから、別に女の子の格好がいいんじゃないですってば」
「同じだろ」
「全然わかってないなぁ。いつもは絶対着ないような格好して、恥じらってる宍戸さんがいいんですよ」
「はぁ? 恥じらってなんかいねぇし」
「うそ」
「うそついてどうすんだよ」
「えぇ~? でもさっきからずっとスカートいじくってる」
指摘されて、宍戸さんはすかさずスカートから手を離した。
俺を睨みつけて、みぞおちのあたりを拳で軽く突いてくる。
その手を取って指先を絡めたら、手と俺の顔を見比べた宍戸さんは諦めたように息を吐いた。
「どっちにしろやることは同じじゃねぇか」
俺の手を引きながら後ろに寝ころんだ宍戸さんに覆い被さってキスをする。
宍戸さんに着ていた制服を丸ごと渡した俺はパンツ一丁で、宍戸さんに欲情している証は一目瞭然。
でも隠し立てする必要もないので、足を開いた宍戸さんに抱きついて硬いものをグリグリと押しつけた。
「変態」
「健康優良児って言ってください」
「だったら育ち過ぎだ」
「そんなこと言って、宍戸さんだって」
布越しに触れあった宍戸さんのペニスも俺と同じように硬くなっている。
腰を押しつけて潰すように刺激したら、宍戸さんはうっすら笑って俺の首を引き寄せた。
唾液をまとった舌同士で触れるキスは、セックスをより濃厚なものにする。
じわじわと体の芯からくすぶり始めるような優しいものではなくて、体の表面からジリジリと炙られるような慌ただしくて鮮烈で乱暴な衝動。
「っ、は」
薄いシャツは平らな胸に二つ主張したものを更にはっきりと目視させる。
指の腹でこねて、摘んで、引っ掻けば、宍戸さんは胸を突きだして浅い呼吸を繰り返す。
片方をカリカリと爪で掻きながら、もう片方をシャツの上から舐めてみる。
垂れる唾液が布にじわりと染み込んで、宍戸さんの乳首にぴったり密着した。
舌で押しつぶして、歯で優しく噛んでみる。
「ん、ぁ」
「気持ちいい?」
「……ん」
「ちょっと楽しくなってきたでしょ?」
「ばぁか」
「俺は楽しくなってきちゃった。ねぇ、このまましてもいい?」
「このまま、って」
息が上がってきた宍戸さんをベッドに残して、クローゼットにコンドームとローションを取りに行く。
それらをベッドに放りパンツを脱ぎながら乗り上げると、宍戸さんはコンドームの箱から一つを取り出して俺に手渡した。
「ん」
「ありがと」
コンドームをかぶせて、宍戸さんのパンツをずり下げる。
こんな一連の流れに恥じらいがなくなるくらいに体を重ねてきた俺たちだけど、宍戸さんの準備をするときは少し違う。
宍戸さんは、宍戸さんのなかをローションで湿らす俺のことを見ようとはしない。
いつも顔を背けて部屋のどこかを眺めている。
「恥ずかしいの?」
「ちが、う」
躊躇いがちに力が抜けていくすぼまりに濡らした指をゆっくり沈ませる。
少しずつローションを増やして、馴染ませていく。
「じゃあなんでお尻濡らしてるときは俺のこと見ないの?」
「見れるわけ、ねぇだろ」
ときどき、思い出したように宍戸さんの中の膨らみを押してみたりして、準備と愛撫を丹念に繰り返す。
そうすると宍戸さんは腰をヒクつかせて、ときどき俺に視線を投げかけるようになる。
本当はわかっている。
宍戸さんはただ単に、恥ずかしがっているだけなのだ。
恥ずかしいのを、隠そうとしているだけ。
「見れないんじゃないよね。見てられないの? 恥ずかしいから?」
わかっていて、聞いた。
宍戸さんの口から答えを聞いてみたかった。
「ん、なぁ、もう」
「だめ。答えてくれなきゃこのままですよ」
前立腺を強めに押したら、宍戸さんは腰を跳ねさせたあと大きく舌打ちした。
「ふざけんな、こんな格好までさせといて、っ、」
「うん。だから、今なら素直に恥ずかしいって言ってくれるかなって」
「……はぁ」
宍戸さんの手が伸びてきて、宍戸さんのアナルから俺の指を引っ張りだす。
宍戸さんは俺の腰を両足で引き寄せて、自ら俺のペニスを宍戸さんに埋め込んだ。
「積極的すぎません?」
「こういうのが好きなんだろ?」
俺が奥に届くまで瞼を伏せて息を詰めていた宍戸さんは、じっと見つめている俺の視線に気づくと片頬を引き上げて不敵に笑ってみせた。
「強がり。強情。意地っ張り」
「ほっとけ」
「そういうとこも可愛いんだけどね」
恥じらいを素直に口に出来ない恋人は、いつも態度で俺を突っぱねる。
そのくせ目線は雄弁に俺を求めてくるものだから、諸手を挙げて飛びついてしまう。
腰回りにスカートがわだかまっている宍戸さんを突き上げながら、ツンと勃っている乳首に歯を立てる。
同時の刺激でたまらず浮いた腰に腕を回して、拘束するようにきつく抱きしめた。
体を密着させたまま突き上げて、反った喉元に噛みつく。
耳元で、出そうだから止まれとか、スカートが汚れるとか、宍戸さんがわめくのが聞こえたけれど構わず腰を振った。
宍戸さんの汗と俺の汗が染み込んだシャツが肌に擦れて煩わしい。
一番上までボタンをきっちり締めたせいで宍戸さんの鎖骨に噛みつけない。
そんなフラストレーションは、むしろ俺を昇ぶらせ、そして宍戸さんをも興奮させているようだった。
何度も俺の背中に爪を立てて宍戸さんは果てる。
荒い呼吸に嬌声を混ぜては息を詰め、そのたびにへそのあたりに熱いものを噴き出した。
「あ、あぁ、も、ぐちゃぐちゃ、じゃねぇ、か」
「ん、いいよ、どうせ、安もんだし」
「なぁ、まだ、やんの」
「も、ちょっと」
「っ、ん、っまた、イく、って」
「じゃぁ、俺も、っ」
宍戸さんの中がぎゅっと狭まって、そこをこじ開けながら律動を繰り返して昇り詰めた。
一足先に射精していた宍戸さんは、俺が果てるとほっと表情をゆるめて枕に沈む。
なんだか浅ましいのは俺だけのような気がして、まだ半分堅いままのペニスで突き上げたら、宍戸さんの中は瞬時に反応してきゅんと俺を締め付けた。
それだけで満足してしまう。
頬を染めたまま睨みつけてくる顔にキスを降らせる。
「これ着た意味あんまなくね?」
「そうですか? 可愛かったですよ」
尖った唇に口づけて微笑めば、宍戸さんは諦めたようにため息をこぼして俺にキスを返した。
淫らに脱がせるわけでも、いつもと違うプレイをするわけでもないセックスを展開した。
確かに、せっかくなんだからもっとやりようはあったかもしれない。
けれど、宍戸さんを目の前にしたら小手先のごまかしが利かないのだ。
どうしたって体が一直線に宍戸さんを求めてしまう。
わざと寄り道したり、待ちぼうけを食らわせたりが一切できないように、俺は作られているのだ。
「今度はセクシーな下着とかどうです?」
「凝りねぇな、おまえも。いいか、おまえが着なきゃ俺は着ねぇからな」
「えー、さすがにそれは絵面がキツいっすよ」
「おまえがダメで俺がいい意味がわかんねぇ」
汗と精液でぐちゃぐちゃになった制服を脱ぎ捨て、宍戸さんは俺に新しいコンドームを差し出した。
喜び勇んで封を切る。
今度は唇を啄むキスが降ってくる。
宍戸さんに押し倒されながら、ひもみたいに細い下着を身につけた宍戸さんの脚を大きく開いて、その下着をずらしたまま入れたらえっちだなぁ、なんて頭の隅でこっそり考えていた。