診断メーカーより。 『鳳宍のお話は「結婚したんだ」という台詞で始まり「もう随分昔の話だ」で終わります。』
長太郎から結婚報告を受ける日吉の話
「結婚したんだ」
だからどうした、とまずは思った。
同窓会も終わりかけ。バイキング形式で並べられた料理も残り少なく、会場のいたるところでめいめいが自由に雑談していた。窓際に陣取って酔い覚ましにウーロン茶を飲んでいたら、鳳がどこからともなく現れた。隣に立って外を眺める。そして、結婚したんだ、と窓に語りかけるように言った。
「で?」
「で、って?」
「まだるっこしい。わざわざ根掘り葉掘りなんて聞いてやらないからな。勝手に話せ」
「あはは、話が早くて助かるよ」
鳳は結婚に至るまでのアレコレを話し始めた。あちらがなかなか承諾してくれなかったこと、揃いの指輪を買ったこと、一緒に暮らす部屋を探していること、入籍も両家への挨拶も済んでいること、式を挙げたいがあちらが渋っていること、せめて近しい人間には報告をしたいと思っていること。
「だから、まずは日吉に」
「なんで俺なんだ」
「ちょうど同窓会があったし」
「なら樺地にもか」
「うん。このあと話しに行こうと思って」
会場を見渡すと後ろの方に一つ頭の飛び出た男を見つける。当時のクラスメイトたちの輪の中で穏やかに微笑んでいた。
「これに合わせて帰って来たんだったな」
「みんなも樺地に会いたがってたもんね。今日はずっと友達に囲まれてる。あの頃から変わらず優しいもんね」
「跡部さんは帰って来られなかったんだったか」
「残念だっただろうね。そうそう、あっちも跡部さん抜きで同窓会やるんだって。って言ってもいつものメンバーで飲み会するだけだけど」
あっち、と気安く口にした鳳を横目で見る。氷が融けたウーロン茶は味が薄まっていた。
「本当はもっと早く話そうと思ってたんだ」
「結婚のことか」
「うん。でもなんか緊張しちゃって。気恥ずかしいのとは違うんだけど、改めて報告するのって、なんかね」
「そういうもんなんだろ。経験者じゃないから知らないが」
「そうなのかなぁ」
初めてだからわかんないよ、と鳳は眉尻を下げた。子どものころから同じ顔をする。大人になってもこの表情は変わらない。
「それにしてもよく結婚してくれたな」
「やっぱり日吉もそう思う? 実は俺も」
「当の本人が驚いてどうする。おまえが言い寄ったんだろ」
「そうなんだけどさ。もちろん結婚はしたかったけど、でもどっかで無理だろうなって思ってたんだよね。プロポーズしたけど受けてくれないだろうなって」
「で、初めはダメだったんだろ?」
「うん。それから何回かしたけど全部ダメだった」
「よく別れなかったな」
「別れるって感じじゃなかったんだよね。あっちもそのつもりは無かったみたいだったし」
「へぇ。普通は別れるところだけどな」
「俺もそう思ったんだけどさ、『俺たちはもう、そういうんじゃない』って言うんだよね」
「そういう?」
「離れるとか離れないとか、端から頭に無い感じ。うーん、俺もよくわからなかったから、なんて言ったらいいのかな。家族って住むところが違っていても家族でしょ。そんな感じなんだって言ってた」
「わけが分からない」
「うん。だから、だったら結婚しても同じじゃんって説得したら結婚してくれた」
「なんだそれ」
「ね。なんだそれって俺も思った」
意味が分からない。だが納得できてしまった自分もいる。あの人は常識人に見えて感覚が逸脱しているところがあるから、俺たちの理解の範疇を超えたところで考え、結論を出したのだろう。
結果的に、そんなところが鳳と合っていたということなのかもしれない。そうじゃなかったらこんなに長く共にあるなんてことがあるだろうか。夏空の下で勝利を噛み締めていた二人の姿を思い出す。あれから二十年以上経ってもまだ、この二人は二人でいる。
またあとで、と軽く手を振って鳳は樺地のもとへ足を進めた。その背中を見送りながら、懐かしさと一緒にウーロン茶を飲み干す。さて、祝いになにか送った方がいいだろうかと考える。使い勝手のいいものがいいのか、食べものがいいのか。頃合いをみて樺地と相談し、先輩たちに声を掛けるのもいいかもしれない。
鳳が樺地に話しかけている。樺地が大きな体を折って頭を下げた。鳳も嬉しそうに頭を下げた。
「しまった」
おめでとうと言いそびれた。まぁいいか。どうせ同窓会が終わったら二人連れ立って俺のところに来るだろう。「あっち」の飲み会に乱入する計画でも練ろうじゃないか。祝うならまとめてのほうが手っ取り早い。
ふと、鳳と宍戸さんが隣り合わせに並ぶ背中を想像する。これからはずっと隣になるのか。二人一緒にいることが多かったので今更見慣れないという事はないが、妙な違和感があった。すこし考え、その原因に行きつく。なにも面白いことはなく、空になったグラスを下げに窓辺を離れた。ややあって、幹事が会の終わりを告げる。二人が案の定俺に向かって進んでくるのが見えた。
あの頃、宍戸さんの背中はいつも鳳の一歩前にあった。もう随分昔の話だ。