guilty pleasure 後日談

guilty pleasurehttp://honeymagnet.starfree.jp/text/guilty-pleasure/に同時収録

ゆめごこちテンプテーション

サキュバスの力を失った宍戸が人間界で暮らし始めて、ちょうど一か月が過ぎようとしている。
人間の生活に慣れるまで、それはそれは苦労した。
なにせ起きている時間帯が魔界とは真逆だ。
人間にとっての休息時間である夜間は、サキュバスにとっての活動時間。昼間はその逆だった。
太陽の出ている日中に人間界に降り立ったことのなかった宍戸は、はじめの頃は朝に目を覚ますこと自体が苦痛だった。
昼間は眩しいし暑い。日の光に慣れていなかった宍戸はたびたび疲弊した。
鳳が大学に行っている間は寝て居ようかとも思ったのだが、夜の繁華街とはまた違った昼間の騒音が宍戸の安眠を妨げる。
観念して生活リズムを人間に合わせようと公園に出掛けてみたりもしたのだが、あらゆる壁も窓も通り抜けて屋内に侵入できる力を持っていた宍戸には鍵を持ち歩くという習慣もなかったため、何度も部屋を施錠しないまま外出して鳳に諫められた。
なるべく家に居てくれと鳳に懇願されたが、不自由なのは大嫌いだ。
宍戸が素直に従うはずもなく、鳳は鍵っ子よろしく、首から下げられるように鍵をペンダントにして宍戸に身に着けさせた。
こまやかな鳳の努力もあって宍戸の生活リズムは人間のそれに適応してきたのだが、一筋縄ではいかない問題は次から次へと二人の前に立ちはだかってきた。
人間界の食べ物に慣れない、文字が読めない、交通ルールを知らない、などなど……。
以前魔界の物をプレゼントされそうになったことのある鳳は薄々勘付いていたが、人間界と魔界とでは食べ物も文字もルールも何もかもが違っている。
鳳はひとつひとつを根気よく一から教えていった。
宍戸も人間の生活には興味があったから土に水が染み込むように知識を吸収していき、最近は近所のスーパーまで一人でおつかいに行くこともできるようになったのだ。
その時の鳳の喜びようと言ったらなかった。
初めて一人で玉ねぎとジャガイモを買って帰ってきたときは誕生日とクリスマスが一度に来たような祝いようで、鳳は目に涙を浮かべながら玄関でスーパーの袋を掲げる宍戸を何枚も写真におさめ、宍戸に内緒で用意していたホールケーキを二人でつついたのだった。
困難なことは多々あれど、毎日の暮らしは楽しいものと言える。
二人の生活はまだ始まったばかりだ。

さて、今日も今日とて一日が始まる。
昼前に大学に出掛けて行った鳳を見送り、宍戸は鳳がいつも作っておいてくれるおにぎりを持って公園に向かった。
途中、自動販売機でお茶を買うことも忘れない。
数日前に買い方を教えてもらったばかりの宍戸は、握りしめて温かくなった小銭を投入し冷たい緑茶のペットボトルを手に入れた。
おにぎりには緑茶が合うと鳳に教えられている宍戸は、自動販売機に陳列する炭酸飲料や缶コーヒーなどを買ったことがない。きっとこれらには別の食べ物が合うのだろう。
公園には小さな子どもやその親が数人いた。
平日の昼下がりはのどかなものだ。
彼らから離れた場所にある木陰のベンチに腰かけ、宍戸は鳳のお下がりのバックパックからおにぎりとペットボトルを取り出した。
今日の具材は何が入っているのだろうかと、ワクワクしながらおにぎりにかぶりつくと、中からは甘じょっぱく煮た牛しぐれが出てきた。
「うん。うまい」
宍戸はもう一口かぶりつき、もぐもぐと味わった。
サキュバスの力を失ったあの夜にした約束を、鳳はずっと守り続けてくれている。
朝昼晩、宍戸の食事を用意し、その腕は少しずつだが上達していた。
この牛しぐれも鳳の手作りだ。
人間の食べ物は宍戸にとって未知のものだったので、鳳は出来るだけいろいろな食材を使って食事を作った。
どんな味が好みで、どんな料理が苦手なのか、宍戸自身ですら皆目見当がつかなかったからだ。
毎度毎度、出来た料理をおそるおそる口に運ぶ宍戸に心配そうな視線を寄越すものだから、宍戸は鳳に出されたものはせめて残さず平らげようと心に決めていた。
うまいのかまずいのかわからない料理が出てくることもたまにはあるけれど、人間界の食事情をまだよくわかっていない宍戸にとって鳳の手料理は安心して食べられる栄養補給でもあったから、今こうして飢えることなく生きていられるのはまったく彼のおかげなのだ。
「ごちそうさまでした」
宍戸は胸の前で手を合わせた。これも鳳に教わった所作だ。
冷たい緑茶を胃に流し込み一息つくと、公園を見渡し木々の緑に目を細めた。
夏が近い、らしい。
ここには季節というものがあって、夏はとても蒸し暑いのだと鳳が言っていた。
楽しそうに「宍戸さんと一緒に行きたいところがいっぱいあるんです」と見せてくれた雑誌には、夜空に咲く花火や、陽の光をキラキラと反射する海、繁華街よりも大勢の人間が集まる祭りの写真が目移りするほどたくさん載っていた。
宍戸は鳳と出掛ける約束をすることが好きだった。
よくは知らないが、鳳はなかなか難しい勉強を大学でしているらしい。
平日だけでなく、時には休日も、読めない字だらけの分厚い本を開いては、しかめっ面で睨めっこをしている。人間という生き物は、なんとも不自由なものだ。
仕方がないので、宍戸は鳳の邪魔をしないように散歩に出掛けたり、鳳が実家から持ってきた図鑑で人間界のことを勉強したりして時間を潰しているが、本心ではもっと鳳と外出したり会話したりしたいと思っていた。
だから、鳳が声を弾ませて話す夏の計画は、宍戸にとっても待ち遠しいものだった。
「あ! 見っけた!」
「ん~~、眠いぃ」
突然、聞き覚えのある声が頭上から降ってきて、宍戸は咄嗟に立ち上がった。
見上げれば、重なり合う木々の葉の間にぽっかりと穴が浮かんでいる。
そこからひょっこりと顔を出したのは、二度と会えないと思っていた幼馴染たちだった。
「岳人! ジロー!」
「宍戸ぉ! 探したぜ」
「あぁ~宍戸だぁ。やっと会えた」
眠たそうにまなこを擦る芥川を引きずりながら、向日は穴から降り立った。
翼も尻尾も引っ込めて、どこから見ても人間と変わらない風貌だ。
ベンチに芥川を寝かせた向日が、宍戸の肩や腕を確かめるようにバシバシと叩いた。「元気だったか? 急に帰ってこなくなるから心配したぜ。みんなでおまえのこと探してたんだ。まさかこんなことになってるなんて思わなかったけど」
「悪かった。心配させたな。俺もそっちに帰れなくなるとは思ってなくて」
「事情はなんとなくわかってる。あぁ、死んでなくてよかった。ずっと夜に探してたから全然見つけらんなかったんだ。昼間にしか外に出てこないなんてな。滝も一緒に探してくれてたんだぞ。ジローはこの通りだけど」
「そうか……みんなありがとな」
ほっと表情をやわらげた向日は、安堵のため息とともに横たわるジローの頭近くに腰かけた。
その隣に宍戸も腰を下ろす。
魔界では毎日のように会っていた仲間だ。宍戸はしばし懐かしさを噛み締めた。
「サキュバスは人間と恋しちゃいけないって、おとぎ話か何かだと思ってた。恋がどんなものかも知らなかったし、まさかそのせいで魔力がなくなっちまうなんて想像もしなかった」
向日が足元の乾いた土を見つめながら呟く。
木の葉の影が風に揺れ、木漏れ日を三人に降らせた。
「俺も。ただの迷信だと思ってた」
「きっとジローや滝もだ。そうじゃなかったら、長太郎がおまえを好きになるように協力なんてしなかった」
「……岳人、怒ってんのか?」
「怒ってねぇよ!」
「怒ってんじゃん」
「岳人はね~、さみCだけだよね~」
「ジロー!」
芥川は寝ころんだまま、まどろむようにまぶたを開いた。
「俺も滝も、宍戸がいなくてさみC。でもま~、元気そうだったからよかった」
「ジローも悪かったな。いきなりいなくなっちまって」
「宍戸は宍戸のしたいようにすればEんだよ」
大きなあくびをして起き上がった芥川は、隣の向日の肩にもたれかかりながら遠くの空を見上げた。
「もうあっちで遊べなくなっちゃけどさ、たまにはみんなで会いに来るC」
「ジロー……」
「だから絶対元気でいろよ! 俺たち昼間に出てくるの、結構キツいんだから」
「岳人……。そうだな、もっとこっちの生活に慣れたら、夜でも会えるようになるかもしれねぇし、気長に頑張るぜ」
宍戸が突き出したこぶしに、向日と芥川はそれぞれのこぶしを突き合わせた。
三人が人間界で、しかも真昼間の公園のベンチに並んで座っているなんて、あの頃の彼らには信じられなかったことだ。
今はもうサキュバスではなくなってしまったが、三人の間にある絆はこれからも変わることなく繋がり続けることだろう。
「で、どうなんだよ、こっちでの生活は」
「ぼちぼち。わかんねぇことだらけで助けてもらってばっかだけど、それなりに楽しくやれてる」
「そっか」
「よかったね」
「あぁ。メシもうまいし」
「メシかぁ。宍戸はもう人間のメシを食わないと生きていけないんだよなぁ」
「意外とイケるぜ?」
「でも人間の精気のほうがおいCんじゃない?」
「結局食えなかったからな。比べらんねぇよ」
「「え!?」」
サキュバスたちの驚嘆が公園にこだました。
「な、なんだよ」
「一回も? うそだろ?」
「じゃあ長太郎は、本当の宍戸を知らないの?」
「本当のってなんだよ。今だって本当の俺じゃねぇか」
「サキュバスのころとは違うだろ。今はもうほとんど人間じゃん。誘惑の術をかけることも、媚薬の魔力を流し込むこともできねぇ、ただの人間」
「あーあ、もったいないC。絶対最高だったよ、宍戸の体」
「そ、そうかな」
「なに照れてんだよ」
サキュバスたちにも矜持があった。
どの悪魔よりも、自分たちの力は人間を虜にしてやまない。
宍戸もかつてはそうだったはずで、一度もその力を発揮できなかったことが向日と芥川は悔しかった。
「そうだ! イイコト思いついた!」
芥川が弾かれるように立ち上がった。
急に俊敏な動きをみせた幼馴染を、宍戸と向日はぽかんと口を開けて見上げる。
「夢に入っちゃえば?」
「「夢?」」
「宍戸はサキュバスじゃなくなったけど、まだ今なら悪魔としての力はちょっとくらい残ってるんじゃない?」
「宍戸、そうなのか?」
「いや、わかんねぇ」
「やってみたら出来るかもしんないじゃん! 長太郎の夢の中に入れさえすれば、サキュバスだった頃みたいに力を使えるC!」
「そうか、起きてる間は無理でも、人間の夢の中は簡単にいじくれるもんな。入り込んで思い通りにすることなんて、わけない」
「待て待て、もう人間の精気は食えないんだぞ?」
「関係ないよ。宍戸の本気を味わわせてやるんだ」
「ああ、やっちまえ!」
「……おまえら、面白がってるだけだろ」
「あれ、バレた~? でもでも、もったいないって思ってるのは本当だC」
「俺もー。長太郎も惜しいことをしたよなぁ。サキュバスに食われるなんてラッキーなこと、そうそうあるもんじゃないぜ?」
「おまえらなぁ」
他愛のないふざけ合いが、なんと楽しいことだろう。
日々の生活にストレスがあったわけでも不満を抱えていたわけでもないが、宍戸は久々の友との会話で気持ちが軽くなっていくのを感じていた。
こちらの世界ではまだ、鳳しか接触する人間がいない。
それが良いわけでも悪いわけでもないが、やはり気心知れた仲間と過ごす時間は得難いものだった。
「そろそろ俺、帰らねぇと」
宍戸が公園の時計に目をやると、時刻は三時を示していた。
もうすぐ鳳が帰ってくる時間だ。今日はアルバイトがないからまっすぐ帰ってくると言っていた。
わざわざ出迎えてやる必要はないのだが、鳳よりあとに帰宅したときはいつも一瞬だけ不安そうな顔を見せるから、そばにいて、どこにも消えたりしないんだと教えてやらないといけない。
「じゃあな。来てくれて嬉しかったぜ。次はいつ会えるかわかんねぇけど、おまえらも元気で」
「また来るからな!」
「宍戸も元気で!」
来た時と同じように空中にぽっかり浮かぶ穴に帰っていく幼馴染たちを見送って、宍戸は公園をあとにした。

夕食も風呂も済ませ、二人はベッドに潜り込んだ。
毎日早い時間から大学の講義がある鳳に合わせて、宍戸も一緒に眠るようにしている。
宍戸はこのひとときが好きだった。
一番近くで鳳の鼓動を感じながら、その日の思い出を共有し合う大切な時間だ。
「今日のおにぎりはどうでした?」
「うまかったぜ。あの肉、好きだな。なんの肉だったっけ」
「牛肉です。うしのお肉。ちょっと奮発したんですよ。おいしくできてよかった。へへ、だんだん宍戸さんの好みがわかってきました」
「俺の好み?」
「宍戸さんはなんでも食べてくれるじゃないですか。でもたまに、すっごくおいしそうな顔をする時があるんですよねぇ。魚より肉の方が箸の進みが早いし」
ごろんと横向きになった鳳が、まどろむ瞳を柔らかに細めて宍戸の頬に指先をすべらせた。
まなざしに呼び寄せられたような気がして、宍戸が顔を近づける。
吐息が混じる距離で見つめ合えば、自然と唇が触れ合った。
体温を確かめ合うようなキスだ。
たとえそれがおやすみを意味する慈愛のキスだったとしても、宍戸にとっては性愛のキスだった。
宍戸は情事の始まりを期待し鳳の胸を押した。
そんな思惑を知ってか知らずか、鳳は宍戸を抱きこんでしまう。
「おい、長太郎」
「宍戸さん、あったかいなぁ」
腕を振り解いて鳳に跨ってやることもできた。
だが、眠気を含んだ甘い声が、宍戸に身動きを取れなくさせた。
一緒に生活してわかったことだが、鳳はきちんと眠る男だった。
日付の変わる前にはベッドに入り、朝寝も滅多にしない。
人間の若者はみな元気に夜中まで街で遊んでいるものだと思っていた宍戸は、鳳の生活習慣を知って初めて、自分が毎晩押しかけていたのはかなりの負担を強いていたんだと気が付いた。
だから『寝るのと、俺とセックスすんの、どっちが大事なんだよ』なんて欲求同士を戦わせるようなわがままは言えるわけがなかった。
「おやすみなさい」
宍戸のひたいに口づけ、鳳が囁いた。
「おやすみ、長太郎」
鳳がまぶたを閉じるのを見届けてから、宍戸もまぶたを閉じた。
まつげにかかる鳳の吐息が規則的な寝息に変わるまで、そう時間はかからない。
いつもは鳳の体温が子守歌のように宍戸の眠気を誘うのだが、なぜか今夜は目がさえていた。
「夢の中、か」
昼間の悪魔の囁きを思い出し、宍戸は眠る鳳とひたいを合わせた。
決して欲求不満になっているわけではないのだ。
鳳と肌を重ねる頻度は低くはないし、体も心も満たされている。
ただ少し、試してみたくなってしまった。
かすかな魔力の残り火を腹の底に灯して、宍戸は深く息を吐いた。
空っぽになった肺をゆっくり膨らませて、鳳と呼吸を合わせる。
吸って、吐いて、吸って、吐いて。そうして血の巡りまでも鳳とリンクさせる。
すると、じんわりみぞおちが熱くなり、意識が一瞬解けて、また紡ぎなおされた。
ぬくい突風が吹いてきて、咄嗟にぎゅっと硬くまぶたを閉じた。
風がおさまるのを待ち、まぶたをそろりと開く。
目に映ったのは、二人の部屋ではない見知らぬ空間だった。
「入れちまった……」
ここは鳳の夢の中。幼馴染たちの提案は思いの外容易く実行できてしまったようだ。
室内のようだが壁はなく、床も天井も見渡す限りオフホワイトで統一されていて広さの判断がつかない。
「長太郎がいねぇな」
真っ白な世界で夢の主を探そうと、ぐるりとあたりを見渡した。
すると、さっきまではなかったはずのベッドが突然目の前に現れた。
この空間と同じくシーツも枕も何もかもが真っ白で、境界が分からなくなりそうだ。
覗き込んでみると、羽毛がたくさん詰まっていそうなふかふかな布団にくるまれて鳳が眠っている。
夢の中でも眠っているだなんて、よっぽど眠るのが好きなのだろうか。
ベッドに乗り上げた宍戸は鳳の布団をめくって驚いた。
素っ裸だ。
瞬間、宍戸が着ていたものも消え失せた。
「なんでもアリってことか」
鳳の夢の中で、宍戸の欲望通りにコトを進められるというわけだ。
「つーことは、だ」
ほんの一か月前までの感覚を思い出す。
背中と尾てい骨に重さを感じて肩越しに振り向けば、大きな翼が影を落とし、長い尻尾がゆらゆら揺れた。
「やっぱこれがあるとバランスいいな」
翼を広げ鳳に跨ると、蝙蝠の翼よろしくくっきりとした影がシーツに落ちた。
鞭のようにしなる尻尾の先を鳳のみぞおちに這わせ、胸の間を通って首筋をくすぐり、頬に辿り着く。
「長太郎。おい、起きろ」
ぺちぺちと優しく叩くと、鳳はむずがりながら唸り声を上げた。
「う~ん……?」
しぱしぱとまつ毛を瞬かせた鳳の瞳に自分が映ったことを確かめて、宍戸はニヤリと口端を引き上げた。
その瞳が金色に輝きだす。サキュバスの誘惑だ。
鳳の肌が見る見るうちに火照りだし呼吸が荒くなっていく様を、舌なめずりして見下ろしていた。
「なん、で? 宍戸さん、目が。あれ、翼も、尻尾も」
「ここはな、長太郎。おまえの夢の中だ」
「俺の、夢?」
「ああ。現実のおまえが俺より先に寝ちまったからよ、こっちのおまえに会いに来たんだ」
「でも、んっ……なんで、サキュバスに?」
「長太郎に、本気の俺を知ってもらおうと思って」
「本気の宍戸さん?」
「たとえば、ほら」
宍戸の指先が鳳の腹を撫で上げた。
それだけで鳳の肌は粟立ち、震える吐息を唇から漏らした。
「ちょっと触っただけで、気持ちいいだろ?」
「あっ、なに、これ、宍戸さんの指、きもちいい」
「俺の魔力がおまえの感覚を鋭くさせるんだ。体中どこでも性感帯にできるぜ」
薄く筋肉の乗った左胸をつつくと、慎ましやかな乳首が硬く勃ちあがっていく。
その尖りを、宍戸は爪の先でかすめるように引っ掻いた。
「んぅっ!」
「どうだ? ここ、気持ちいいだろ」
「はぁっ、そんなとこ、感じたことないのに」
「起きてるときのおまえはそうだよなぁ。なんべん噛んでも舐めても反応ねぇもんなぁ。でも夢でなら気持ちよくなれる。ほら」
「やっ、そんな、触っちゃ……んっ!」
「イイか? ちょっと擦っただけで、ゾクゾクするだろ?」
「ん、すごく、きもちいいっ♡ ね、宍戸さん、俺が宍戸さんの乳首、触るとき、いつもこんなに、気持ちよかったんですか?」
熱い息を吐きだしながら、蕩けた瞳で鳳は宍戸を見上げた。
もう十分に媚薬がまわっている。
抗わずに与えられる快感を享受する鳳が無性に愛らしく思えて、宍戸は垂涎のまなざしでその唇にむしゃぶりついた。
絡めた舌は熱く柔らかく、甘い唾液が宍戸の官能を刺激する。
「ああ、そうだ。おまえに弄って可愛がってもらうとな、こんな風にたまらなくなるんだ」
鳳の口蓋を舌で撫でながら尖りを押しつぶす。
体を捩じらせて抱きついてくる鳳を思う存分快楽に溺れさせてやりたくて、宍戸の蜜壺はとろとろと愛液を滴らせ始めた。
「長太郎、おまえ可愛いなぁ。俺がサキュバスでいるうちに、もっと可愛がってやりたかったぜ」
「んぅっ、い、いつも、十分可愛がってもらってます、よ?」
「そりゃそうだけど、あっちじゃ勝手に濡れないし、おまえに誘惑の術もかけてやれない。どんなにえろい妄想も、魔力さえあれば全部叶えてやれたんだ」
尻尾で鳳の太ももを撫でさすりながら体を起こした宍戸は、鳳の腹に手をついてM字に膝を立てた。
すぼまりは愛液に濡れ、ぽってり朱く色づいている。
そのまま腰を落として先走りに濡れる亀頭に口づけさせると、熱い血潮を滾らせる怒張をゆっくりと飲み込んでいった。
刹那、鳳の体を奔り抜ける快感の激流。
凶暴なまでの刺激が鳳を襲い、腰が浮くのを止められない。
「あぁぁ、あッ♡」
「きもちいいなぁ? いいこ、いいこ。んっ……! あはっ♡ 入れただけなのに、もうえっちな汁、出ちゃったなぁ?」
「ごめ、なさっ、なか、出ちゃったぁ」
「あっついの、ひさしぶり。おまえ、いつもゴムしてっから」
「んんっ、っ、ふ、ぐっ……♡ おなかの、なか、でっ、もぐもぐしないでぇっ」
「はぁ……まだ出てる♡ ほら、がんばれがんばれ、全部ちゅーちゅーしてやるから」
「や、やぁっ♡ 勝手に、出るぅ!」
「俺がそうさせてるからなぁ。これは夢だから、どんだけ出しても、長太郎のちんぽ、バカにならないからな。安心して、いっぱい飲ませてくれな?」
宍戸は胎内を自在に操って鳳のペニスを弄んだ。
まだ挿入したばかりだというのに、精液が勢いよく宍戸の中を侵していく。
嚥下するような動きで迸りを受け止めながら、宍戸はおもむろにピストン運動を始めた。
「あぁ……長太郎の、ずっと硬くて、ゴリゴリ、きもちいぃ……♡ あはっ、おれも気持ちよくなってきたぁ♡ なぁ、見えるか? おまえと繋がってるところ♡ おれのあなる、ちょうたろうのちんぽ、だいすきで、離れたくないって♡」
「う、ん~、見えますぅ♡ ちんちん、いっぱい、よしよしされてる♡」
「きもちぃなぁ? んあっ、せーし、飲んでるっ♡ 腹の奥で、ちょうたろぉのせーし、おいしぃって♡」
「飲んで♡ いっぱい、ししどさんに、いーっぱい、飲んでほし、っ♡」
じゅぷっ、ぶちゅっ、品性のかけらもない水音が真っ白な空間に響き渡る。
汗と愛液を散らして腰を振る宍戸になされるがまま、鳳は体を跳ねさせて達し続けた。
いくら射精しても際限がない。
甘やかなんて生やさしいものではない、まさしくイキ狂いと言える性交だった。
「ししどさん、ししどさんっ! おなか、あったかくて、とろとろっ♡ さきゅ、ばす、ってぇ♡♡ しゅごい、れすぅ♡」
「だろ? よかった、ちょうたろぉ、きもちいぃなぁ♡ んっ、あ、あれ? あっん♡ うそ、クる、キちゃう♡」
「やぁッ♡ きゅんきゅんってぇ♡ おれの、ちんちん、そんなに、いじめないでぇっ」
「だって、ちょうたろの、きもちくて、あ、あぁッ♡ 腰とまんねぇ~♡」
「すご、えっちな、おと、してるぅ♡ ん~ッ」
「うぅっ、やっべ、っ、イッちゃいそ……、まだ、だめ、だめ、や、やだぁ♡」
「やなの? ししどさん♡ やじゃないよ、きもちぃでしょ? おれも、きもちぃから、ほらぁ♡」
「やぁっ♡ おく、ごんごんってぇ♡ きす、してるっ♡ だめ……だめぇ♡ もう、だめだってぇ♡ イく、イ、っくぅ♡ っ♡♡ んんっ♡♡」
「ししどさん、 っ! おなか、きゅーってぇ♡ きもちよくなってるの、かわい♡ ぁ、ぁあ……っ! おれ、もっ、でちゃっても、いいっ?」
「うん、うんっ♡ なか、もっと♡ あつく、してっ♡」
「あ、ぅあ、んぅ~~ッ! くぅ、ッ♡」
「んっ♡ いっぱい出てる♡ っ、ははっ、ちょうたろうも、イッちゃったな♡ いっしょに、うれし♡」
「ししどさん、おれ、きもちぃよぉ。すき、すきぃ♡ ししどさん、もっと♡ もっと、しましょぉ♡」
「うん♡ いっぱい、しようなぁ」
 時の流れも関係ない。
 二人は貪るようにお互いを求め続けた。
 どちらの体液かもわからないほどシーツを濡らし、恥も体裁もなく乱れ狂う。
 鳳の上で艶やかに肌を晒す宍戸は全身で鳳を誘い、そして鳳は身も心も虜になって腰を突き上げた。
 終わりのない快楽に溺れても互いを見失うことはない。
 二人は体を繋げていてもなお、肌に触れあい、気持ちを通わせたかった。
「あぁっ! ししどさん、ね、ししどさん」
「ん、はぁっ♡ うん、ちょた、きもちぃなぁ、また、いっぱい出せたなぁ♡」
「ししどさん、すき、すき、すごく、んっ」
「おれも、すき、なぁ、だっこ、ちょたろ、だっこしたい♡」
乱れた黒髪が汗で張り付くのも厭わずに、だらしなくへにゃりと笑んだ宍戸は鳳を飲み込んだまま両手を広げた。
絶頂の連続でうまく力の入らない体をのろのろと起こした鳳は、うるんだ瞳を嬉しそうに細める宍戸に抱きつき、腕に力を込めた。
「たのしいなぁ、ちょうたろう。おれ、おまえを好きになって、よかったぁ。いっぱい、ちょうたろうにさわれて、おれ、うれしい」
鳳のひたいに口づけ、背に尻尾を巻き付けて、宍戸はまた幸せそうに頬をゆるめた。
サキュバスの力を見せつけてやろうという気持ちがあったのは否定しない。
でも本当は、たとえ夢の中でもいいから、もっと鳳と触れ合いたかったのだけなのだ。
自由気ままに生きてきた宍戸にとって、人間界での生活は少しだけ窮屈だった。
夜は空を飛び回りたいし、昼はダラダラと惰眠を貪りたい。
宍戸は、それはもう不可能だと理解していた。人間の生活に馴染むことが大事だということも重々承知しているし、鳳には鳳の生活があって、その邪魔をしてはいけないことも、ちゃんとわかっている。
けれど、本心は鳳との会話や触れ合いを求めていた。
宍戸には鳳しかいないのだ。
自分を受け入れてくれるかわからないこの世界で、ただ一人、鳳だけが宍戸のより所だった。
だから大切にしたかった。
鳳は力を尽くして宍戸をサポートしてくれるから、あまり煩わせてやりたくはない。
毎日でも体を重ねたいし、夜が明けるまで語らいたいし、いつだって側にいたいけれど、それはなかなか難しいことだから、宍戸はこの一か月の間、一人の時間に慣れることを一番に頑張った。
でも夢で逢えるなら。
宍戸は今この瞬間、この世のどんな人間よりもどんな悪魔よりも幸せだった。
「宍戸さん」
「んー?」
「俺も、宍戸さんにさわれるの、すっごく嬉しいです」
宍戸は鳳にかき抱かれた。
どこにそんな力が残っていたのか不思議なくらい強い力で、鳳は宍戸を離そうとはしない。
「長太郎? どうした? 足りなかったか? もっとえっちしたい?」
「えっちも、したいですけど……」
「なんだよぅ、そんなにくっついてたら、動けねぇよ」
「宍戸さん」
「なんだ?」
「足りないのは、宍戸さんの方なんじゃないですか?」
「え?」
鳳の背をとんとんとあやしていた宍戸の手が止まる。
達したあとの余韻でふわふわとしたまま鳳の言葉の意味を必死に探ろうとするが、頭はうまく動いてくれなかった。
「なに、を」
「宍戸さんがこっちの世界で暮らすようになって、すごく頑張ってくれましたよね。慣れないことばかりなのに投げ出したりしないし」
「そんな大層なことはしてねぇよ」
「でも、俺を好きになったせいで突然自分の世界に帰れなくなったのに、全然俺のことを責めたりしないじゃないですか。なんか、いろいろ、我慢してるんじゃないかなって……」
「そんなこと」
我慢なんかしていない、とは言えなかった。
だが宍戸が鳳を気遣ってきたように、鳳も宍戸のことをずっと気にかけていたのだ。
「ねぇ、宍戸さん。もっと、宍戸さんがしたいこと、言ってください」
「別に、したいことなんて」
「ないって言われたら、ちょっと寂しいです」
「寂しい? どうしてだ?」
「だって、宍戸さんがなんでも一人で出来るようになっちゃったら、きっと俺のことなんて振り向いてくれなくなっちゃう」
「はぁ?」
「サキュバスだった頃みたいに、わがままな宍戸さんのままでいて欲しいんです。そうじゃないと、俺……」
「何言ってんだよ。おまえを置いてどっかに行ったりしないって、いつも言ってるだろ?」
「わかってます。わかってるんですけど……俺はもう、宍戸さんがいないと生きていけないから」
「長太郎……」
「本当はいつも一緒に居たいし、大学にだって連れていきたい。宍戸さんが一人で出掛けている間になにかあったらと思うと怖くてたまらなくなるし、ずっと俺だけの宍戸さんで居てほしいんです。でも、そんなのは健全じゃない。宍戸さんは誰のものでもないし、自由であるべきだ。わかってるんです。頭では、わかってるんです……なのに、どうしても、おかしなことばかり考えちゃって」
鳳の告白は宍戸の心を揺さぶった。
宍戸にとって鳳が唯一の存在であるように、鳳にとっても宍戸はかけがえのない存在だった。
言葉で伝えるということは、体を繋げるよりもこまやかに心を通わせることがあるのだと宍戸は知った。
伝えなくては。
鳳が宍戸を求めているように、宍戸も鳳を求めているということを。
「長太郎。俺にはおまえだけだ」
「宍戸さん」
「おまえだけが、俺がここにいる理由なんだ。おまえが居なかったら俺は無力にならなかったかもしれないし、力を蓄えて魔界で一番のサキュバスになれたかもしれない。でも、おまえが居たから、俺はここで楽しく生きていられる。それが全てだ。わかるか? これ以外に必要なものはないんだぜ?」
「……」
「納得してねぇな? わかった。わがままを言う。俺もおまえとずっと一緒にいたい。大学なんて行かないで側にいてほしいし、毎晩死ぬほど気持ちいいセックスがしたいし、もっとおまえと話がしたい。俺だっておまえと同じことを考えてるんだ。人間みたいにならないといけないってのはわかってるけど、俺は人間になりたくてここにいるんじゃない。長太郎と生きたいからここにいるんだ。この意味、わかるよな?」
「はい……はい、宍戸さん」
「ここ以外のどこに行くっつーんだよ。長太郎が居なかったらそんな場所、行ったってしかたないだろ」
肩口に汗とは違う温かな雫が流れるのを感じて、宍戸は鳳の背を撫でた。
「長太郎はよく泣くなぁ」
「宍戸さんのことでしか、泣きませんよ」
「そうかぁ。あぁ、そうだったなぁ」
見上げれば、真っ白だった世界を夜空が覆っている。
無数の星が流れ、夜空が世界を淡い光で包み込んだ。
現実世界の鳳が目覚めようとしているのだ。
「そろそろ朝だな」
腰を浮かせた宍戸の後孔から、硬さを失った鳳の楔が抜け出ていく。
白濁の混じる愛液がシーツを濡らしたが気に留めることはなかった。
夢はいつかさめてしまうものだ。
もうすぐ一夜限りの甘い世界が消滅する。
ここで話したことも体を重ねたことも、鳳の記憶には残らないかもしれない。
それでもよかった。
宍戸は鳳に口づけ、翼を閉じた。
「楽しい夜だった」
「俺もです。サキュバスの宍戸さんにまた会えてよかった」
笑顔を交わした二人は、真っ白な世界が星々に飲み込まれるまで、ずっと手を繋いでいた。

目覚めると、隣に眠っていたはずの鳳の姿はすでになかった。
のそりと起き上がった宍戸は、大きくあくびし窓の外を見やる。
よく晴れた朝だ。
先に家を出たのだろうかとベッドの上でしばらくぼーっとしていたら、玄関が開き同居人が戻ってきた。
「宍戸さん、おはようございます」
「おはよ。どこいってたんだ?」
「ちょっと、今夜のバイトを代わってもらうために友達に電話を」
「? なんで?」
ベッドに乗り上げた鳳が宍戸の頬にキスをする。
おはようのキスなんてするようになったんだっけ、と寝ぼけ眼の宍戸が首を傾げていると、もう片方の頬にもキスを落とした鳳が微笑んだ。
「講義が終わったらすぐに帰ってくるので、死ぬほど気持ちいいセックスをしませんか?」
宍戸の眠気が一気に吹っ飛んだ。
夢の中で鳳に伝えた言葉じゃないか。
目を丸くする宍戸に微笑み、鳳は啄むように唇にキスをした。
「おまえ、覚えてんのか?」
「すごく素敵な夢でした」
「言ったことも全部か?」
「もちろん。サキュバス姿の宍戸さんがすごく綺麗だったことも、宍戸さんに搾り取られて気持ちよかったことも、全部ぜーんぶ覚えてますよ」
「まじか……。よ、よかっただろ、俺の本気はすげーんだ」
「本当にすごかったです。だからお礼しなきゃ」
「お礼?」
「宍戸さんを気持ちよくしてあげるお礼です。だって夢の中と違って、こっちの世界では俺がドロドロにしてあげないと、宍戸さんのこと気持ちよくしてあげられないですもんね」
サキュバスでなくなった宍戸の体は人間のそれと変わらない。
ローションを潤滑剤にしないと、鳳とはセックス出来ないのだ。
「二人でわがままになっちゃう日があってもいいと思うんですよね」
解かれた長い黒髪に口づけた鳳が宍戸の瞳を覗き込む。
今はもう、漆黒の虹彩が金色に輝かないのを知っているはずだ。
「なんだよ。魔力は使えねぇぞ」
「俺も宍戸さんを誘惑できないかなと思って」
「人間ができるわけないだろ」
「そうかなぁ。宍戸さんには効くと思うんだけどな」
「……おまえの方がよっぽど小悪魔だ」
「なんでもいいですよ。宍戸さんの使い魔になれるなら本望です」
「もう俺は悪魔じゃねぇ」
「そうですか? じゃあ恋人ということで、俺と魂の契約をしてください」
「おまえ、例の友達ってやつにいろいろ吹き込まれてるな? イマドキ魂の契約なんてめんどくせぇもんやらねぇんだよ。そんなのやってたのは何百年も前の話だ」
「そうなんだ。日吉に教えてあげよっと」
顔のあちこちにキスを降らせる鳳は、とても機嫌が良いようだ。
宍戸は観念して鳳の提案に乗ることにした。
「わかった。今日はどこにも行かないでおまえを待ってることにする」
「やったぁ! すぐに帰ってきますから」
鳳が抱きついてくる。
夢の中できつく抱きしめられた感触を思い出して、宍戸はその背を抱き返した。