『鳳宍ワンドロ企画』参加しました。
テーマ「こっそりと」
商人長太郎 X 海賊宍戸さん
屋敷中の使用人が寝静まった真夜中、火の灯らないランプを手に廊下を進む二つの影があった。二人は強く握りしめた手を離すまいと、何かに急かされるように小走りに進む。
先を行くのはこの屋敷の主人である鳳長太郎。彼が手を引く男は宍戸亮。先日鳳の商船を襲い、小競り合いの末捕らえられた海賊だった。
「宍戸さん、こっち」
鳳が小声で宍戸を呼ぶ。わずかに振り向いた鳳の瞳が窓からの月明かりに微かに煌めき、宍戸は胸の奥がざわつくのを唇を噛み締めて堪えた。
廊下の突き当りを右に曲がってすぐにその扉はあった。鳳が古びた鉄の鍵を開けると、そこには部屋ではなく石造りの細い階段がある。宍戸を招き入れた鳳は、扉を閉じ内側から鍵をかけてからようやく持ってきたランプに灯をともした。ぼんやりとした明かりが辺りを照らす。階段はほこりにまみれ、壁や天井には蜘蛛の巣が張っていた。
鳳は再び宍戸の手を握ると階段を上り始めた。二人分のざらついた靴音が反響する。鳳は何も言わなかった。宍戸も、前を行く鳳の足元ばかりを見つめ何も言わなかった。
やがて狭い踊り場にたどりつく。またも扉があり、鳳は先ほどと同じ鉄の鍵で扉を開けた。鳳に続いて宍戸が足を踏み入れる。そこは小さな屋根裏部屋のような様相をしていた。
天窓からは月の光が射し込み、板張りの床にはたくさんのクッションとぬいぐるみが溢れている。上ってきた石階段とは違い蜘蛛の巣もほこりもない空間に、宍戸は突然別世界に来たかのように錯覚した。
鳳が小窓を開けると、さやけき月光を吸った夜風が入り込んでくる。それは宍戸の長い黒髪を揺らした。
「大昔は物見にも使われていたそうですけど」
鳳が小部屋を見渡して言う。
「ここは俺の秘密基地です」
もとは鳳が幼いころの隠れ家だったらしい。未だに、一人で考え事をしたいときにはここに逃げ込むのだという。子どものころを懐かしむように目を細める鳳の話を、宍戸はじっと聞き入っていた。
「いえ、こんな話をしにきたのではありませんでした」
鳳は宍戸に歩み寄り、頬に流れる黒髪を一筋摘まむと、おもむろに宍戸の耳にかけた。
鳳を見上げる宍戸の瞳が月光に照らされ煌めき、二人の視線が絡み合った。
それからはもう、互いの熱を貪るだけだった。
衣服を脱ぐ暇すら惜しい。肌を合わせないと息が出来なくなってしまいそうだ。
縋るようにいくつものクッションを抱きかかえた宍戸を後ろから穿ち、鳳は涙を流した。肩越しに振り向いた宍戸が鳳の名を呼ぶ。解放された宍戸が鳳を抱きしめ、再び深く繋がる。そうして何度も何度も昂る声を口づけで隠して、二人は夜に溶けていった。
空が白み始めたころ目を覚ました宍戸は、鳳に抱きつかれたままの体があちこち痛むことに苦笑して深く息を吐いた。
傍らからは健やかな寝息が聞こえてくる。首をもたげて見ると小窓が開きっぱなしだ。ゆうべの顛末が外に丸聞こえだったのではないかと一瞬肝を冷やしたが、上ってきた階段の段数が随分あったことと、窓の外に屋敷を囲んでいるはずの木々が見えないことから、宍戸はここが塔のてっぺんの高さに相当すると予測し胸を撫で下ろした。
「ん……宍戸さん……?」
目を覚ましたのだろう。身じろぎした鳳が宍戸の体を抱き寄せた。
「おい、もう朝だ。早く牢に戻らねぇと」
「どうして?」
「どうしてって」
鳳の屋敷には地下に牢があり、昨夜まで宍戸はそこにいた。囚われたはずの海賊が居なくなっていたらただ事では済まされない。
「ふふ」
結び紐が解け散らばった宍戸の長髪を指先で梳きながら、鳳は微笑んだ。
「なに笑ってやがる」
「懐かしいなと思って」
「なにが」
「こうして、宍戸さんの髪を撫でて、お小言を聴くのがですよ」
「……何年前の話だ」
「ええ、何年も前の話です」
あれはまだ鳳が成人したばかりのころだった。世間知らずのお坊ちゃんだった鳳は、一族が経営する貿易会社で商人としてのノウハウを学ぶため、帆船に乗り込み買い付けに同行した。その航路の途中、宍戸が乗る海賊船に襲われたのだ。帆船は沈没を免れたものの、積み荷を奪われ、乗組員が攫われた。その乗組員の内の一人が鳳であり、下っ端海賊の宍戸は鳳に仕事を覚えさせる役目があった。海賊はいつだって人手不足だ。労働力でさえ奪って補填する。しかし鳳は海賊の仕事には向かなかった。体躯は申し分ないのにヘマばかりをし、そのたび宍戸に怒鳴りつけられた。そんな二人がいつしか心を通わせるようになったのは、船上から見上げる夜空の星々が美しすぎたからかもしれない。海の上では波音に紛れて愛を囁き、立ち寄った港町では人目を盗んで体を繋げた。
だがそんな生活は長くは続かなかった。宍戸たちが乗る海賊船が海軍からの攻撃を受け、あっさりと沈没したのだ。鳳は海軍に救助され、宍戸は混乱に乗じて姿を消した。それっきり、二人は互いに行方知らずのままだった。
「海賊を捕まえたと聞いて、もしやと思ったんです。まさか宍戸さんにまた会えるなんて」
鳳の手のひらが宍戸の肌を滑り、指先が意図を持って這いまわる。宍戸はその熱に息をつめた。
「……イチかバチか、だったんだ」
「え?」
鳳の手を取り、宍戸は上体を起こした。そのまま鳳の腰を跨ぎ覆い被さる。兆しを持ち始めた鳳の中心を刺激するように腰を滑らせ、昨夜の名残に潤む後孔にあてがうとゆっくりと飲み込んだ。
熱い楔に貫かれ、体の芯がぶるりと震える。宍戸は蕩ける瞳で見下ろし、鳳の指先に口づけた。
「おまえんとこの船が近くに来てるって聞いて、それで」
「もしかして……わざと捕まったんですか?」
鳳を奥に誘い込もうと、胎内が勝手に蠢いてしまう。
宍戸は下唇を噛んで小さく頷いた。
「どうしてそんな危険なことを」
「そうでもしなきゃ、二度と会えないと思った。おまえが生きてるか死んでるかもわからなかったけど、もし生きてるなら、最後のチャンスかもしれねぇから、だから」
宍戸が生活している海は、鳳の住む国からは遠く離れている。広大な海で鳳家所有の帆船に出会える確率はそう高くない。先日の襲撃は宍戸の賭けだった。
「なんてことを」
勢いをつけて起き上がった鳳が宍戸の体を掻き抱く。強く抱きしめられ、宍戸は甘い吐息を漏らした。
「一歩間違えば殺されていたかもしれないのに」
「……海賊なんて、いつ死んだっておかしくねぇよ」
「そんな悲しいことを言わないで」
快感に歪む宍戸の唇が鳳の舌に割られる。熱い唾液をまとった舌が絡み合い、鳳は下から突き上げるように腰を揺らした。
「あっ」
「宍戸さん、お願い。お願いです」
宍戸が救いを求めるように鳳に縋りつく。その体を揺さぶり、鳳は宍戸に懇願した。
「どこにも行かないで。ここに居て。もう離れないように、俺のそばに居て」
窓の外からは小鳥の鳴く声が聞こえてくる。
朝が来てしまったとぼんやり考えながら、宍戸は腕の中の熱い体を二度と手放せるものかと鳳の背中に爪を立てた。